特別編第72話 《スリの少女》

「……あれ、皆何処に行ったんだろう?」



街を探索中、ナイは他の者とはぐれて一人で街中を歩いていた。土鯨のせいで街の住民や観光客は外に出る事ができず、街中は大勢の人で溢れているせいでアルト達を見失ってしまう。


困った様子でナイは周囲を見渡して探していると、不意に後ろから誰かがぶつかってきた。驚いたナイは振り返ると、そこには獣人族の金髪の少女が尻餅を着いていた。



「あいたたっ……気を付けろよ、兄ちゃん」

「え、あ、ごめんね?」

「まあ、いいよ。それじゃあ、あたしは急いでるから!!」



少女は笑顔を浮かべると街道を駆け出し、その様子を見てナイは違和感を抱く。この時にナイは自分の懐に手を伸ばすと、先ほどまであったはずの財布がない事に気付く。



「財布が……まさか!?」

「へへっ、も〜らいっ!!」



ナイは財布が盗まれた事に気付くと少女はこれ見よがしに財布を見せつけ、それを見たナイは少女がスリだと気付く。急いで追いかけようとしたが、街道は大勢の人間が行きかっていていた。


少女は小柄な体型を生かして人込みの隙間を通り抜け、獣人族の運動能力を生かして瞬く間にナイと距離を取る。ナイも追いかけようとしたが通行人が邪魔をして上手く追いつけない。



「あの、すいません!!ちょっと通ります!!」

「うおっ!?」

「おい、気を付けろよ!!」

「危ないだろ!!」



ナイは通行人に謝罪しながら少女の後を追いかけるが、予想以上に人が多すぎて少女に追いつけない。このままでは逃げられると思った彼は近くの建物に視線を向け、仕方ないとばかりに「跳躍」の技能を発動して飛びつく。



「せぇのっ!!」

「うわっ!?」

「な、何だ!?」



勢いよくナイは跳躍すると通行人は驚愕の声を上げ、彼は建物に飛びつくと三角飛びの要領で壁を足場にして少女の先回りを行う。



「追いついた!!」

「うわぁっ!?う、嘘だろ!?」



獣人族並の脚力と身軽さで自分に追いついたナイに少女は驚愕するが、彼女はナイの財布を背中に隠す。そんな少女にナイは財布を渡すように促す。



「ほら、財布を返して」

「さ、財布?さあ、知らないな」

「ならその後ろに隠しているのは何?」

「へへっ……まあまあ、落ち着きなよ」



少女は追い詰められると愛想笑いを浮かべるが、彼女はナイの後方に視線を向けて何かに気付いた様に笑みを浮かべる。その少女の態度にナイは不思議に思うと、彼女は財布を放り込む。



「ほら、受け取れ!!」

「わふっ!!」

「うわっ!?」



ナイの頭上を通り越して投げ込まれた財布は街道を歩いていた茶色の毛皮の犬が咥え、一目散に駆け出す。その姿を見てナイは驚くが、その隙に少女はまたもや人込みに紛れて逃げ出す。



「ほらほら、追いかけないと財布を取り戻せないぞ!?」

「くっ……!!」



逃げ出した少女と財布を咥えて駆け出した犬を見てナイは悩み、仕方なく犬の方を優先して後を追う――






――それからしばらく時間が経過すると、少女は人気のない路地裏に移動して額の汗を拭う。ナイが犬の方を追いかけた事で彼女は無事に逃げ切り、後は「相棒」が来るのを待つ。



「クゥ〜ンッ」

「よしよし、戻って来たな!!よくやったぞ、ワン子!!」

「ワンッ!!」



路地裏で少女が待機していると先ほどナイの財布を咥えて逃げ出した犬が現れ、嬉しそうに尻尾を振りながら少女に財布を渡す。


少女は「ワン子」と呼んだ犬の頭を撫でながら財布を受け取り、ご褒美として干し肉を与える。ワン子は嬉しそうに干し肉に嚙り付くと、少女は財布の中身を確認して嬉しそうな声を上げる。



「うひゃあっ!!あの兄ちゃん、金持ちだったんだな!!金貨ばっかりじゃん!!」



ナイの財布の中身が金貨や銀貨でいっぱいに詰まっているのを確認すると少女は嬉しそうな声を上げ、これまでスリをしてきた人間の中でも一番の収穫だった。彼女はこれだけの大金があれば自分の目的を果たせると嬉しく思う。



「へへ、これだけあれば外に出られるかもな……こんな街とはもうおさらばだ」

「ク、クゥ〜ンッ……」

「ん?どうした?」



財布を握りしめながら少女はワン子の頭を撫でるが、唐突にワン子は何かに怯えるような表情を浮かべる。その反応に疑問を抱いた少女は後方を振り返ると、そこには音も立てずに一人の女性が立っていた。



「随分と羽振りが良さそうじゃないかい、ネココちゃん?」

「え、あっ……す、スナネコ!?」

「グルルルッ……!!」



路地裏に現れた女性を見てネココと呼ばれた少女は顔色を青ざめ、スナネコと呼ばれた女性を見てワン子は威嚇する。スナネコは年齢は40代ほどの女性で腰には4つの短剣を装備していた。


スナネコが現れた途端に少女は恐怖の表情を浮かべ、彼女は財布を隠そうとするが既に時は遅かった。スナネコは腰に差している短剣を抜き取り、少女の足元に投げ放つ。

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