特別編第62話 《交渉開始》
「それでバッシュ王子……先に送られた使者から話は伺っているが、我々は貴国に求めたのは風属性の魔石の提供のみだ。それにも関わらずに何故、我が国の領地に騎士団を派遣された?」
「……生憎だが我々としては貴国の軍勢だけで例の超大型魔物……我々の国では「土鯨」と呼ばれているが、その魔物を貴国の軍勢だけで倒すのは困難かと判断し、こうして騎士団を連れて加勢に参った」
「ほう、それは……我々の軍力ではたかが1匹の魔物も葬れないという事か?」
テランとバッシュの間に緊張感が走り、彼等を取り囲む巨人族の兵士の表情が険しくなる。その一方でバッシュの後ろに立つリンは腰に差している剣に手を伸ばし、ナイの方も二人のやり取りを見て困った表情を浮かべる。
二人はあくまでも交渉しているだけだが、今回の交渉の内容によっては両国の対立に発展してしまうかもしれない。だからこそ言葉には気を付けなければならないが、バッシュはあくまでも媚びへつらわずに堂々とした態度を貫く。
「無論、貴国の軍隊が強い事はよく知っている。実際に貴国だけでは手に余る相手だからこそ、我々の国に協力を求めてきたのだろう?」
「むっ……」
「将軍はたかが1匹の魔物といったが、その魔物を倒すためにはこの巨大な軍船を動かす必要がある。しかし、軍船を動かすために必要な風属性の魔石はもう貴国の国だけでは準備する事ができない。だからこそ我々の国に魔石の提供を求めたのでは?」
「確かにその通りだ。その事に関しては感謝している……しかし、貴国の騎士団を派遣するのはそれとこれとは別の話だろう」
「いいから俺の話は最後まで聞いてほしい」
テランとしては風属性の魔石の提供は求めたが、王国の最強の戦力で「王国騎士団」の派遣に関しては求めていない事を主張する。しかし、バッシュはここで引くわけには行かずに言い返す。
「父上……我が国の王が王国騎士団を派遣したのはあくまでも貴国の危機を救いたいがためだ。知っての通り、この数年の間に我が国では様々な魔物の脅威に襲われた」
「……確かにその噂は聞いている」
「火竜を始めにゴーレムキング、更にはゴブリンキングなどの災害級の魔物が現れた。我が国はこれらの魔物を倒すために全力を尽くしたが、犠牲も大きかった……テラン大将軍、魔物とは恐るべき存在だ。決して侮ってはならない」
「つまり……バッシュ王子は我が領地に現れた土鯨も災害級の力を誇る魔物だといいたいのか?」
「実際に我々の国は既に大きな被害を被っている。土鯨が出現した事で両国の商業が途絶え、現在も大将軍が軍勢を率いて出向いている。これを災害と称して何か間違っているか?」
「…………」
バッシュの言葉を聞いてテランも思う所があるのか何も言い返さず、巨人国になくて王国にある強みは「災害級の魔物」の恐ろしさを知っている事だった。
「テラン大将軍も我々の領地に生息していた火竜の噂は知っているだろう。火竜はお恐ろしい存在だ、火竜の討伐のために我々はマジク魔導士という偉大な魔術師を失った」
「王子は土鯨が火竜に匹敵する恐ろしい存在だと言い張るつもりか?」
「これは我が国で保管されていた資料だが……土鯨に関する記録が残っている。今、この場で拝見してくれ」
「何だと?」
バッシュは迷宮都市の古城にて発見された魔物図鑑を取り出し、こちらの本は元々はイリアが管理していた代物だが、バッシュはテランとの交渉の際に利用できると考えて彼女から借りてきた。
古ぼけた図鑑を差し出されたテランは不思議に思いながらも図鑑を指先で開き、書かれている文字を読もうとした。しかし、人間よりも体格が大きすぎる彼は図鑑の文字が小さすぎて解読するのに少し時間が掛かったが、確かに砂漠に現れた土鯨の記録が記されている事を知る。
「この本は……いったいどういう事だ。何故、砂漠に現れた奴の記録が残されている?」
「簡単な話だ。土鯨と呼ばれる魔物は今の時代に生まれた魔物ではない、遥か昔から存在する魔物だ」
――アチイ砂漠に出現した土鯨と魔物図鑑に記録されている土鯨は同一個体である可能性がある。その事に最初に気付いたのはイリアだった。
記録によれば土鯨は一定の周期で姿を眩ませるらしく、魔物図鑑に記された記録によれば今までに一度も「討伐された事がない」と明確に記されていた。この事から土鯨は数百年前から生き続ける魔物であり、土鯨はある時期にしか地上に姿を現す事はない。
土鯨が姿を現す時期は世界中の魔物が最も繁殖する時期であり、現在の時代がそれに当てはまる。10年ほど前までは魔物は殆ど見かけなかったが、今現在は世界中の至る場所に魔物が溢れかえっている。
この図鑑の記録が正しければ土鯨は数百年も討伐されなかった「災害級」の魔物である事が証明され、かつて一度も討伐された事がない魔物など竜種を含めたとしても数えるほどしかいない。だからこそバッシュはこれを理由に王国と巨人国が共闘する事を求める。
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