特別編第55話 《ある噂》

「ふうっ……それにしてもこんな場所に人が住んでいるとはね。いや、こんな場所だからこそ人が暮らしているのかもしれない」

「えっ……どういう意味ですか?」

「普通の人間が暮らすには適さない場所だからこそ、敢えて暮らす人間もいるという事さ」

「よく意味が分からない……」

「どういう意味?」



アルトの話にヒイロとミイナは首を傾げ、ナイも彼が何を言いたいのか気になって尋ねてみる。アルトは3人に対してアチイ砂漠の環境の厳しさと、その厳しさを利用してたくましく生きる人々の事を話す。



「このアチイ砂漠は確かに人間が暮らすには厳しい環境だ。それでもここに人が集まる理由は何だと思う?」

「う、う〜ん……」

「暑すぎて頭が回らない、もっと分かりやすく説明してほしい……」

「理由か……あ、もしかして商業のため?」

「その通りさ」



王国と巨人国の境に存在するアチイ砂漠は、両国が商業を行うためにはどうしても通らねばならない地帯である。そこで巨人国は敢えてこのアチイ砂漠を自らの国の領土として仕立て上げ、この砂漠に人が暮らせる街を作り出す。


普通ならば人が暮らすには厳しすぎる環境だが、この砂漠に人が暮らす様になったお陰で両国の商業は大きく発展した。特に砂船が完成してからは両国の商業が盛んになって砂漠に暮らす人々も両国の恩恵を受けてそれなりに裕福な生活を送れるようになった。



「この砂漠は本来は人が好んで暮らさないような場所だが、二つの国を繋げるという重要な役目がある。だから人を集めてここに街を作ったんだろう」

「へ、へえっ……色々と考える人もいるんですね」

「商売の話は難しい……」

「なるほど……そういえばもしかしたらドルトンさんも同じような事を話してたな」



ナイはイチノに訪れた時にドルトンにアチイ砂漠に向かう事を伝えると、彼もアルトと同じような話をしてくれた。彼も商人であるためにアチイ砂漠が両国の商業にどれほど重要な拠点なのか知っていたのだろう。



「さてと……連絡が来るまでしばらくの間はここで待機する必要がある。それまでの間は僕達も地図を確認してこの辺りの地理を把握しておこうか」

「地理も何も……」

「……何処を見ても同じような風景にしか見えない」



アルトの話を聞いてナイ達は窓を見つめ、どこもかしこも似たような風景が広がっているため、地図があっても自分達の居場所がどこなのかも分かりにくい。


草原と違って砂漠の場合は道しるべになりそうな物は少なく、それに地図を確認する限りだと砂漠の街まで相当な距離が存在した。連絡役の使者として派遣されたドリスとリンの部隊もいつ戻ってくるか分からず、だからこそナイ達は待ち惚ける。



「ふうっ……ドリスさんとリンさん、無事に戻ってくると良いけど」

「あの二人ならきっと大丈夫さ。それよりも僕が気になるのは……」

「ん?何か気になるの?」

「いや、あくまで噂で聞いた事があるだけなんだが……この砂漠には魔物以外の脅威がいるらしい」

「魔物以外の脅威?」



ナイ達はアルトの言葉に彼に視線を向けると、アルトは昔にアチイ砂漠に関するある噂を聞いた事があった。その噂の内容とはアチイ砂漠には魔物以外にも恐れなければならない存在がいるという話だった。



「以前に僕はアチイ砂漠に訪れた事がある冒険者から興味深い話を聞いた事がある」

「それはどんな話ですか?」

「ああ、何でもこの砂漠には砂船を利用して盗賊紛いの行動を行う悪党がいるらしい。そいつらは砂漠の賊という事で「砂賊」と言われているらしいんだ」

「砂賊?」

「海賊なら聞いた事はあるけど、砂賊なんて初めて聞いた」



アルトによればこちらの砂漠には砂賊と呼ばれる悪党が存在し、その砂賊は砂船を駆使してアチイ砂漠を訪れる人々を襲い、金品や食料を強奪しているという。



「砂賊は砂船を巧みに操り、それを利用して砂漠に訪れる人々を危険に晒す恐ろしい集団だと聞いている。そんな奴等に見つかったら大変な事になるだろうね」

「ちょ、ちょっと!!変な事を言わないでくださいよ!!」

「はははっ……まあ、大丈夫さ。ここはまだ砂漠の入口だし、早々に砂賊に見つかるなんて事は……うわっ!?」

「何っ!?」



話の途中で飛行船に振動が伝わり、何が起きたのかとナイ達は窓を確認する。すると、砂丘をかき分けながらこちらに接近する「砂船」の姿が確認できた。



「な、何ですか今の揺れは!?」

「それよりも窓を見て……船が近付いている」

「驚いたな、あれが砂船か!!まさか本当に砂漠を移動する船を見る機会が訪れるなんて……」

「喜んでる場合じゃないよ!!あの船、こっちに向けて何か飛ばしてるよ!?」



砂丘をかき分けながら移動する砂船はナイ達が乗っている飛行船に目掛けて接近し、砂船の甲板には巨大なボーガンのような射出装置が組み込まれていた。

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