特別編第37話 《ガオウとフィルの意地》

――負傷したナイを背負ったリンは木々を潜り抜け、霧を風の魔法剣で振り払いながら湖へと向かう。時折、ポイズンタートルの暴れる音が聞こえるがガオウとフィルが上手く足止めしているのか追いかけてくる様子はない。



「うっ……」

『ナイ、しっかりしろ!!あと少しだ……着いたぞ!!』



湖に戻ってきたリンは自分達が乗ってきた小舟を確認すると、彼女は小舟に乗り込んで急いで船が浮かんでいる湖の中央へ向かおうとした。霧のせいで船は岸辺に移動する暇もなかったため、小舟で船のある場所まで漕がなければならない。


外に出向く事ができるのは仮面を身に付けている者達だけのため、船から救援が訪れる事はない。ナイが身に付けていた仮面は何処かに吹き飛ばされて消えてしまったため、これ以上に毒霧に晒すとナイの身が危ない。



『あともう少しだ、頑張るんだぞ……何だっ!?』



リンはナイを小舟に乗せてスカイシャーク号の元へ向かおうとした時、木々が倒れる轟音が鳴り響く。やがて霧の中に巨大な影が映し出されると、ポイズンタートルが遂にマル湖にまで姿を現す。




――フゴォオオオオッ!!




背中の甲羅から大量の毒霧を噴出しながらポイズンタートルは湖に到着すると、リンは急いで小舟を動かして船の元へ向かう。足止めを任せていたはずのガオウとフィルは気がかりであったが、彼女は一刻も早く船に戻らなければならなかった。



(二人はやられたか……くそっ!?)



必死にリンは小舟を漕いで船の元へ向かうが、ポイズンタートルは湖に浮かぶ小舟に視線を向けると、自分を傷つけたナイの姿を確認して怒りの咆哮を放つ。



「フガァアアアッ……!!」

『ちぃっ……ここまでか!?』



湖に乗り込んできたポイズンタートルに対してリンは魔剣を構えようとした時、霧の中から鎖に繋がれた剣が跳んできてポイズンタートルの背中の甲羅に突き刺さる。


甲羅に突き刺さった剣の鎖に引き寄せられるように霧の中から人影が現れると、頭から血を流したフィルと彼の身体にしがみつくガオウの姿があった。どちらも血塗れになりながらもポイズンタートルに目掛けて突っ込み、フィルの身体に抱きついていたガオウは勢いを付けてポイズンタートルの顔面に飛び掛かる。



「うおおおおっ!!」

「行けぇえええっ!!」

「フガァッ――!?」



ガオウもフィルもここまでの道中で仮面を失ってしまったが、それでも毒霧で身体が動かなくなる前にポイズンタートルに最後の攻撃を仕掛ける。ガオウは空中で身体を回転させながらポイズンタートルに向けて両腕の鉤爪を放つ。



「和風牙!!」

「フギャアアアッ!?」



今度は瞼を閉じる暇もなく、ポイズンタートルの右目にガオウの振り下ろした鉤爪が的中し、右目の眼球が切り裂かれて血が飛び散る。その光景を見てフィルは笑みを浮かべると、ガオウは攻撃を終えた直後に地上へと落下した。


動けなくなる前に最後に一矢を報いた二人は意識を失ったのか、フィルもガオウの後に続いて鎖の魔剣を手放して地面に倒れ込む。その様子を見ていたリンは呆気に取られるが、ポイズンタートルの方は攻撃を受けて悲鳴を上げる。



「フガァッ……アアアアッ!?」

『あの化物に攻撃を与えるとは……だが、よくやったぞ』

「うむ、本当によくやったな」



リンは二人の行動を褒め称えた時、彼女の背後から思いもよらぬ声が聞こえてきた。驚いたリンは振り返ると、そこには杖を手にしたマホがいつの間にか小舟の上に立っていた。



『マホ魔導士!?どうしてここに!?』

「外が騒がしくて気になって出てみれば亀の化物がこちらに近付いておってな。あれがポイズンタートルという魔物か?儂も始めて見るが大きいのう……」 

『いや、それよりも魔導士!!その姿で外に出るのは……』



マホは仮面を身に付けていないので毒霧を吸い込めば大変な事態に陥るかと思われたが、よくよく観察すると彼女の身体の周りには風属性の魔力で構成された膜のような物が構成されて霧を近づけさせなかった。



「儂は大丈夫じゃ、この程度の霧など簡単に振り払える。それよりも奴をどう始末するかじゃが……」

『魔導士、ここは任せていいですか?私はナイを船に移動させなければ……』

「おおっ、これは酷い怪我ではないか。待っていろ、儂が二人とも連れて行こう」



マホは小舟に横たわるナイを見て怪我を負っている事に気付き、彼女はリンとナイの身体を掴んで空を飛ぶ。風属性の魔法を極めたマホは飛行魔法で空を飛ぶ事もできた。


二人を抱えたマホは甲板へと移動すると、彼女は杖を振り払って船に覆い込んでいた霧を一斉に吹き飛ばす。これでしばらくの間は甲板は大丈夫だが、ポイズンタートルの方は既に湖に乗り込んで船に迫っていた。

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