特別編第36話 《恩に報いるために》

『ど、どうして……何で、こんなっ……』

『くそガキ!!坊主は無事か!?』

『生きているのか!?』



フィルは愕然としながらもナイを抱き上げると、ガオウとリンが彼の元に駆けつけてナイの怪我を確認する。だが、一目でわかる程にナイはまともに動ける状態ではなかった。


レベル1ではあるがナイは厳しい鍛錬と身に付けた技能を鍛え上げてきた事で彼の肉体は常人とは比べ物にならない頑丈さと耐久性を誇る。しかし、先のポイズンタートルの攻撃を真正面から受け止めた際、彼の両腕はあらぬ方向に折れ曲がっていた。



『うっ……酷い、骨が折れているどころじゃないぞ』

『何をしている、早く薬を飲ませるんだ!!』

『は、はい!!』



リンの言葉を聞いて慌ててフィルは自分の手持ちの薬を探すが、先ほど吹き飛ばされた時に落としたのか薬が見当たらなかった。だが、彼は出発前にナイがイリアから薬を受け取っていた事を思い出し、すぐに彼の懐に手を伸ばして緑聖水を取り出す。



『く、薬……薬を飲ませないと……』

『落ち着け、指が震えているぞ馬鹿!!それだと薬をこぼしちまうだろうが!!』

『ナイ、意識はあるか?ゆっくりと焦らずに飲むんだぞ!!』

「うっ……」



ナイは辛うじて意識は残っているのか瞼を開くが、その瞳は虚ろで碌に声も聞こえていない様子だった。それでもフィルが緑聖水の小瓶を口元に近付けると、少しずつではあるが薬を飲み始める。


彼が治るかどうかはイリアが作り出した緑聖水に賭けるしかなく、彼の治療はフィルに任せてリンとガオウはポイズンタートルに向き合う。ポイズンタートルの方はナイの先ほどの攻撃で尻尾に深い切り傷が生まれて血を流していた。



「フガァアアアッ!?」

『おい、見ろよ……あの野郎、坊主の攻撃を受けて苦しんでるあまりに顔を出しやがった』

『だが、我々だけでは奴は倒せない……ここは退くぞ』

『仕方ねえか……』



ここまでの攻防で悔しいながらにガオウとリンは自分達の力ではポイズンタートルはどうしようもできない相手だと理解しており、ここは悔しく思いながらも撤退するしかないと判断した。しかし、ポイズンタートルが易々と彼等を逃がすはずがない。



「フゴォオオオッ……!!」

『ちっ……こいつ、俺達を逃がすつもりはないらしいな』

『誰かが足止めしないと逃げられそうにないか』

『そ、そんな……』



ポイズンタートルは首を動かしてナイ達を睨みつけ、特に自分の尻尾に怪我を負わせたナイを血走った目で睨みつける。どうやら完全にポイズンタートルを怒らせてしまったらしく、ガオウとリンは武器を構えた。


このまま撤退を試みてもポイズンタートルが逃がすはずがなく、誰かがこの場に残ってポイズンタートルの注意を引く必要があった。つまりは誰か囮役となって他の者を逃がさなければならず、負傷したナイを一刻も早く安全な場所へ避難させなければならない。



『仕方ねえ……ここは俺が残る、リンさんだったな。あんたはそいつと坊主を頼むぞ』

『何?いや、しかし……』

『あんたがいないと霧で道に迷ってそいつらは船に戻れないかもしれないだろうが……ここは俺に任せておけ』

『なっ……!?』



ガオウは自分が囮役に残ると言い出し、船に戻るにはリンの風の魔法剣で霧を振り払わなければ元に戻れない可能性は十分にある。しかし、ナイでさえも一撃で倒された相手にガオウが一人だけ残って足止めをするなど無謀過ぎた。



『何を馬鹿な事を……あんた一人で何とかできる相手じゃないだろう!!』

『うるせえっ!!ならてめえに俺の代わりが務まるのか!?あんな化物を前にしただけで腰を抜かす臆病者が!!』

『うっ……』



フィルはガオウの言葉を言い返す事ができず、確かに彼はポイズンタートルの外見を見ただけで怖気づいてしまった。だが、フィルは自分を庇って代わりに致命傷を受けたナイの姿を思い出すと、彼は歯を食いしばってナイをリンに託す。



『僕もここに残る……をお願いします!!』

『な、何?』

『おい、くそガキ……てめえ、自分が何を言っているのか理解しているのか?』

『うるさい!!僕に指図するな!!』



覚悟を決めた表情でフィルは鎖の魔剣を取り出すと、彼は両手で鎖を振り回しながら戦闘準備を整える。フィルの行動にガオウもリンも呆気に取られるが、彼はリンが抱きかかえるナイに振り返って告げる。



『獣人族の戦士なら……命を救ってくれた借りは、命で返す!!』

『はっ……言うようになったじゃねえか、

『お前達……分かった、ここは任せるぞ』



ガオウとフィルの覚悟を感じ取ったリンはこの場を二人に任せ、ナイを背中に抱えた状態で船の方向に目掛けて彼女は走り出す。ナイを抱えて逃げ出したリンの姿を見てポイズンタートルは怒りの咆哮を放ち、それに対してガオウとフィルは身構える。



「フゴォオオオオッ……!!」

『死んでも時間を稼ぐぞ!!』

『言われなくても……!!』



決死の覚悟でガオウとフィルはポイズンタートルと向かい合うと、ナイ達の後を追わせないために二人はポイズンタートルに向けて飛び掛かる――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る