特別編第29話 《霧の湖》
「そこまで言われると少し会うのが楽しみになって来たな」
「あまり期待せん方がいいと思いますがな……ん?」
「どうかしたか?」
「いや、窓の外が……」
会話の際中にハマーンは窓を見て疑問を抱き、何故か窓は曇っていて外の様子が見えなかった。別に気温はそれほど下がってはいないはずだが、窓全体が曇っていて外の様子が全く見えない事に彼は疑問を抱く。
しかし、窓が曇っているというのはハマーンの勘違いだった。真実は窓の外が霧に覆われていて外の様子が確認できなかった。何時の間にかマル湖に霧が漂っており、船の外は霧に覆われて全く見えない状況だった。
「な、何じゃこれは……霧か?」
「いったいどうなっている?さっきまでは晴れていたはずだが……」
「せ、船長!!大変です!!」
窓の外の変化に気付いたハマーンとバッシュは戸惑っていると、唐突に部屋の扉が開かれて焦った様子のドワーフが駆け込む。そんな彼を見て何事かとハマーンとバッシュは振り返ると、ドワーフは顔色を青ざめながら告げる。
「か、甲板で見張りをしていた連中が……次々と倒れています!!」
「何だと!?」
「いったい何が起きた!?」
「わ、分かりません!!急に霧が出てきたかと思うと甲板に立っていた奴が急に苦しみ出して倒れて……うっ!?げほっ、げほっ!!」
報告に訪れたドワーフも唐突に咳き込み、その様子を見てハマーンとバッシュはすぐに窓の外の霧を見て目を見開く。甲板で見張りを行っていた兵士が急に倒れたという事は、湖に立ち込める霧を吸い込んで体調不良を引き起こしたと考えるのが妥当だった。
即座にハマーンは報告に赴いたドワーフの介抱を行い、バッシュの方は窓から霧が漏れ出ないように塞ぐ事を命じる。既に霧は窓の隙間から入り込もうとしており、彼は急いで机を持ち上げて窓を塞ぐ。
「全員に通達しろ!!船の窓を全て塞ぎ、霧がこれ以上に中に入ってこないように封じろ!!」
「は、はい!!」
「おい、大丈夫か?」
「ううっ……げほげほっ!!」
バッシュの指示を受けて他の船員は慌てて駆け出し、報告に訪れたドワーフをハマーンは船内の医療室まで運び出す――
――同時刻、船の医療室には甲板で倒れた兵士達が運び込まれて治療が行われていた。ちなみに治療を行う医者はイリアであり、彼女もちゃっかりと飛行船の搭乗していた。
「これは……ちょっとまずいですね」
「イリア、いったい何が起きてるんだ?どうして彼等は急に倒れたんだ?」
「ううっ……く、苦しい」
「……力が入らない」
医療室に運び込まれた人間の中にはヒイロとミイナも含まれ、彼女達も甲板で見張り役を行っていた所、湖に立ち込めた霧を吸い込んだせいで体調不良を引き起こす。
医療室に運び込まれた人間全員が激しく咳き込みながら苦しむ様子を見てイリアは考え込み、彼女は古城から回収した魔物図鑑を取り出してアルトに見せつける。
「これを見てください」
「これは……最近、君が良く見ている図鑑かい?」
「その図鑑の中に毒霧を生み出す魔物の事が描かれています。その図鑑によれば毒霧を吸い込んだ人間は身体の力が抜けて徐々に動けなくなると書かれています。症状は一致しているでしょう?」
「まさか……!?」
アルトは図鑑を確認すると、確かにイリアの言う通りに図鑑には「毒霧」を生み出す魔物の事が記されていた。
――図鑑に描かれている資料によれば魔物の正体は巨大な「亀」を想像させる姿をしており、この亀の背中には火山を想像させる形をした甲羅があった。この甲羅の中央には大きな穴が存在し、そこから毒性の煙を生み出す。その煙はまるで霧のように周囲に拡散していくため、厄介な事にただの霧と見分けがつかない。
この魔物の恐ろしさは毒で相手を弱らせた後に獲物の捕食を行う点だった。厄介な事に魔物が排出する毒は普通の人間ならば10分も吸い続ければ動けなくなり、大型の魔物でも吸い続ければ命はない。
しかし、この魔物の一番に厄介な点は自分が生み出す毒煙に紛れて身を隠す事だった。霧の様に広範囲に毒煙を拡散させる事で視界を封じ込み、魔物を探し出すのも難しい。唯一の幸運はこの魔物は普段は地中の中に潜って身を隠すのだが、毒煙を吹き出し続ける際は地上に出現しなければならず、本物の亀の様に鈍重で素早くは動けない点だった。
「この魔物は山や湖など霧が立ち込める場所を好んで暮らすようです。本物の霧に紛れて自分の毒煙を生み出し、それを利用して山や湖に訪れた獲物を霧に扮した毒煙で弱らせて捕食するんですよ」
「まさか、こんな魔物が国内に存在したとは……」
「気付かないのも仕方ありませんよ。この魔物は実は滅多に地上には出現しません。生活の殆どは地中の中で過ごし、栄養を欲する時だけ地上に出てきます。それに十分な栄養を搾取すると数か月の間は地中に埋もれて出てくる事はありません」
「つまり……僕達がここへ来た時にこいつが現れたのは運が悪かったというだけか」
イリアの説明にアルトはため息を吐き出し、ともかく倒れた人間隊を苦しめる原因が分かった以上は放置はできなかった。
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