特別編第27話 《フィルの屈辱》

「そこまで!!勝者、ナイ!!」

『おおおおっ!!』



審判役を務めるアッシュがナイの勝利を宣言すると、観戦していた人間達が割れんばかりの拍手を行う。その一方で敗北したフィルの方は膝を崩して項垂れてしまい、その姿を見たハマーンは少しだけ不憫に思った。



「やれやれ……この敗北はしばらくは引きずりそうじゃな。下手をしたら心が折れてしまうかもしれんな」

「ふんっ……この程度で心が折れる様なら黄金級冒険者を名乗る資格はねえよ」

「あれ、ガオウさん!?先に船に乗っていたんじゃ……」



試合の途中で立ち去ったと思われたガオウも何時の間にか元に戻っており、彼は膝を崩したフィルを見て鼻を鳴らす。彼とは昔からの付き合いだが同情はせず、声をかける事もせずに先に船へ向かう。


模擬戦を勝利したナイはフィルの元に近付き、彼から回収した鎖の魔剣を差し出す。そのナイの行為にフィルは悔しそうな表情を浮かべるが、黙って鎖の魔剣を受け取る。



「これ、返すね」

「…………」

「じゃあ、俺はこれで……」



ナイは武器を返却すると他の者と共に船へ向かい、観戦していた者達もそれぞれの作業に戻る。しかし、フィルだけは鎖の魔剣を手にしたまま動こうとせずにしばらくは項垂れていた。



「あいつ……大丈夫なのかい?」

「何だかちょっと可哀想……」

「でも、先に突っかかったのはあの人でしょう?なら仕方ないわよ、少し厳しいけど自業自得よ」



テンはフィルの様子を見て彼を放置して大丈夫なのかと思ったが、誰も彼を慰めに向かう人間はいない。普段から目上の人間以外には不遜な態度を取っていたフィルはあまり好かれておらず、むしろ彼の敗北を見て胸が晴れた人間が多かった。



「フィル君……」

「リーナよ、言っておくが今の彼に声をかけてはならないぞ。お前が慰めれば逆に心が追いつめられるかもしれん」



リーナはフィルに声を掛けようかと迷っていたが、先に父親のアッシュがそれを止めた。フィルはリーナに惚れているのは間違いなく、自分が無様な敗北した後に片思いしている相手に慰められたら逆に心が傷つく可能性がある。


試合に負けはしたがフィルの実力は黄金級に恥じぬ事は証明され、彼を連れて行く事に関しては誰も文句はない。しかし、先の敗北でフィルの心は深く傷つき、任務までに彼が立ち直るかどうかは分からなかった――






――全ての積荷を運び終えて準備が整うと、遂に飛行船スカイシャーク号が動き出す。船員は船に乗り込むと造船所の天井が開かれ、飛行船が浮上する。



「ハマーン船長!!方向転換が終了!!いつでも出発できます!!」

「うむ……では発進させるぞ!!」

「……船長?」



操縦席にはハマーンが乗り込み、当たり前の様に「船長」と呼ばれている事に今回の部隊の指揮者であるバッシュは疑問を抱くが、この船を動かせるのはハマーンだけなので船長という言葉は相応しいかもしれない。


航海士が地図を確認して目的地までの距離と方向を計測し、飛行船の噴射機を作動させて遂に船が動き出す。噴射機から凄まじい勢いで火属性の魔力が噴き出されて加速する。



「王子、最初の加速の時は振動が強いからしっかりと座っていてくだされ」

「ああ、分かった……うおっ!?」



ハマーンの説明の際中に飛行船は加速し、まだ座る前だったバッシュは危うく転倒しそうになったが、遂に飛行船は最初の目的地である「マル湖」という名前の湖に向けて出発した――






――同時刻、船の一室では試合に敗北したフィルが鎖の魔剣を机の上に手放して彼は壁際に嵌め込まれた鏡を覗いていた。自分自身の顔を確認してフィルは酷い表情をしている事に気付き、歯を食いしばる。



「この屈辱……絶対に忘れないぞ」



拳を握りしめたフィルは鏡に向けて叩き込み、鏡が割れて破片が床に散らばる。この後、彼はある事件を引き起こす事になる――





※短めですがここまでにしておきます。

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