砂漠編

特別編第1話 《砂船》

――人間が管理する「王国」の北部には「獣人国」が存在するが、その反対の南方には「巨人国」が存在する。名前の通りに巨人族が収める国なのだが、実は人口に関しては三か国の中でも最も数が少ない。


王国と巨人国の境目には広大な砂漠が存在し、そこには砂漠にしか生息しない固有種の魔物も存在する。この広大な砂漠は徒歩で移動する事は絶対不可能だと言われ、その理由は砂漠という過酷な環境に魔物という危険な生物が生息しているせいである。


これまでの歴史で王国は獣人国とは度々に戦争を引き起こしていたが、巨人国とは100年以上も戦に発展した事はない。理由としては二か国の境目に存在する広大な砂漠のせいで軍隊でさえも砂漠を乗り越える事が容易ではない事だった。


砂漠を乗り越えるためには熱気や砂嵐を耐え凌ぐだけではなく、砂漠に生息する魔物を撃退しながら進行しなければならない。しかも巨人族の場合は普通の人間の何倍もの食料や水を補給しなければならない事もあり、砂漠を乗り越えるだけでも大変なのに国に侵攻するのに必要な大量の補給物資を運び込む事自体が難しい。当然だが荷物が多ければ行軍にも時間が掛かって兵士にも負担が大きい。


この砂漠のお陰で巨人国は王国に攻め入る事はできず、逆に王国側としてもわざわざ危険地帯である砂漠を乗り越えてまで巨人国に攻め入る理由がなかった。




――しかし、普通の人間が暮らすには過酷過ぎる環境ではあるがこの砂漠に暮らす人間達も居た。彼等は砂漠を特別な乗り物で乗り越えて生活しており、その乗り物の名前は「砂船」と呼ばれていた。




砂船とは文字通りに砂漠を海の如く進む船であり、外見は本物の海で使う船と変わりはない。だが、海で利用される普通の船と違う点は木材と動かすための動力が風属性の魔石を利用されている事である。


かつてナイ達は飛行船に乗った事があるが、王国が管理する「フライングシャーク号」の場合は風属性の魔石で浮上し、後部に設置されている火竜の経験石が搭載した噴射機で火属性の魔力を放射して加速する仕組みである。しかし、砂船の場合は風属性の魔石を搭載して風の力を利用して砂漠を海の様に移動する。



「面舵いっぱい!!」

『おおっ!!』



王国と巨人国の領地の境目に存在する「アチイ砂漠」にて巨大な船が砂丘を乗り越えて移動しており、船の乗組員は全員が巨人族だった。そして舵を取っているのは白髭が特徴の小髭族ドワーフの老人で彼は乗組員に語り掛けた。



「風が強くなってきた!!このままだと砂嵐に巻き込まれる、その前に何としても街に戻るぞ!!」

『おうっ!!』



老人の言葉に巨人族の乗組員たちは即座に返事を返し、それぞれの作業に集中する。彼等が乗り込んでいる船こそが「砂船」と呼ばれる砂漠を渡るためだけに作り出された船だった。


砂船には風属性の魔石が搭載されており、舵を切る事で進行方向を移動するだけではなく、搭載されている風属性の魔石が反応して強烈な風圧を発生させる。砂船は移動するだけで大量の砂煙が舞い上がり、砂丘をまるで海の波を乗り越えるように移動する。


普通の海よりもかなり振動が激しいが砂船に乗っていれば大抵の魔物に襲われる事はなく、しかも移動速度も速いので魔物に見つかってもすぐに逃げ切れる。砂船を運転している小髭族の老人の名前は「エイバノ」という名前だった。


エイバノは数十年前にこの砂漠に訪れた鍛冶師であり、彼は自分が設計して作り出した砂船を利用して商売を行っている。巨人国と王国の商業の流通を手伝い、両国の商人に依頼された荷物を砂船で送り届ける仕事をしている。彼に預ければ必ず荷物を無事に送り届けるという事から両国の商人からも信頼が厚い人物である。



(……妙だな、今日はどうも嫌な予感がする)



数十年も砂船を運転し続けてきた操舵手のエイバノだが、今日の砂漠はいつもと雰囲気が違うように彼は感じた。特にこれといって問題は起きていないのだが、彼は急いで自分達が拠点にしている街へ向かう事にした。



(こういう時の嫌な予感はよく当たるんだ。さっさと帰らないとな……)



砂船を操作しながらエイバノは嫌な予感が消えず、彼は昔からこの手の予感は外れた事がない。何故だか知らないがエイバノは今日の砂漠の移動は危険を感じ取り、一刻も早く安全な街へ戻らなければと船員に発破をかける。



「おい、お前等!!今日は街に戻ったら俺が酒を奢ってやる!!だから手を抜かずに全力で仕事に取りかかれよ!!」

『うおおおおっ!!』



巨人族の船員達は彼の言葉を聞いて歓声を上げ、急いで船を街に向けて移動させるために作業を行う。今日の分の仕事は終えたので後は街に戻って休むだけなのだが、エイバノの発言から数十秒後に砂船の後方から異変が発生した。

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