特別編 《獣人国の使者》

――獣人国との不可侵条約が結ばれた後、王国の王都に獣人国の使者が訪れた。使者を任されたのは獣人国の将軍であり、国王は使者のために盛大な宴を行う。



「ガモウ殿、宴は楽しまれておりますかな」

「……うむ、我々のためにここまで盛大な宴を開いていただき感謝致す」



宴は城の中庭で行われ、使者をもてなすために国王と3人の子供も参加していた。当然ながら王国騎士達も参加しており、ガモウという名前の獣人国の将軍を快く歓迎する。


しかし、実際の所は宴といっても心の底から楽しんでいる者は殆どおらず、王都側からすれば獣人国は王国に侵攻を企んでいた事は既に暴いている。ガモウとしても今回の使者の役目を受けたのは王国の内情を把握するために送り込まれたに過ぎない。



(ふん、こんな宴で我々が心を開くと思っているのか?必ず帰還する前に貴様等に一泡を吹かせてやろう)



ガモウの目的は王国の内情を調査するためだけではなく、自分達の国の武力を示すために訪れた。彼は獣人国の中でも過激派で有名な将軍であり、王国に攻め入る事を強く主張していた。


しかし、火竜の首が送り届けられてから獣人国の国王は王国の武力を恐れて戦を避けた。それでも将軍であるガモウは納得してはおらず、今回ここへ赴いた目的は本当に王国に火竜を打ち倒せる程の戦力があるのかを把握するためだった。



「国王陛下、一つお尋ねしたいのですがこの国には英雄がいると聞いております。その物は数多の魔物を屠り、この国の脅威を取り除いたと聞いておりますが……まだ少年だというのは本当ですか?」

「ほう!!遂に我が国の英雄も獣人国にまで噂が流れる程になったか。ではこの機会にガモウ殿にも紹介しておこう。アルトよ、英雄殿をここへ連れてまいれ」

「はい、分かりました」



ガモウの言葉を聞いて陛下は上機嫌でアルトにを呼ぶように伝えると、意外とあっさりと英雄と会える事にガモウは驚いたが、彼の前に訪れた英雄の姿を見て更に驚かされる。



「ガモウ将軍、こちらが我が国の誇る英雄です」

「えっと……初めまして、ナイと申します」

「こ、この者が……英雄?」



アルトが連れてきたのは珍しい黒髪の少年であり、一見すると少女にも見えなくはない程に華奢で綺麗な顔立ちをしていた。ガモウは英雄と呼ばれるほど人物なのだからもっと年を重ねて立派な体格をした人物を想像していた。


しかし、彼の前に現れたのは噂通りの少年であり、何処をどう見ても強そうには見えない。だからといって公の場でガモウをからかうために偽物を用意するはずがなく、表面上はガモウは冷静さを装いながらナイに握手を行う。



「……は、初めまして英雄殿。某はガモウと申す」

「あ、どうも……」

「ふふふ……」



ナイは差し出された右手を掴むとこの時にアルトは不敵な笑みを浮かべ、彼はこの後に何が起きるのかを予想していた。王国の間でもガモウは有名な将軍であるため、彼が次に何を行動するのか手に取るように分かる。



(こんな軟弱そうな男が英雄だと……ふん、到底信じられぬな)



ガモウはナイと握手をした際に彼を見下すような視線を向け、この時にちょっとした嫌がらせのつもりで彼は手に力を込める。ちなみに獣人国の将軍であるガモウのレベルは60を迎え、このレベルに到達する人間は滅多にいない。


レベル60もある獣人族ならば鋼鉄の棒だろうと捻じ曲げる力を誇るが、ガモウはナイの手を掴んで力を込めた時に違和感を生じる。それは彼が人間ではなく、もっと巨大な生物の手を掴んだような感覚に陥る。



(な、何だ……こいつは!?)



普通に手を繋いでいるにも関わらずに獣人族特融の生存本能が反応し、ガモウの目にはまるでナイが巨人のように変化したように見えた。彼は少し力を込めただけだが、ナイは無意識に握り返す。



「ぐ、ぬぬっ……!?」

「あの、どうかしました?」

「ど、どうかしただと……!?」

「おやおや、ガモウ将軍。顔色が悪いようですがどうかしましたか?」



気付けばガモウは全力で手を握りしめていた。しかし、渾身の力を込めて握っているにも関わらずにナイは顔色一つ変えず、それどころか逆に強く握り返してくる。


獣人国の将軍の中ではガモウは大将軍に次いで力には自慢があるが、彼の力はナイの半分にも及ばず、大人と子供ほどに力の差が存在した。まるで巨人族を相手に握手しているような感覚を覚えたガモウは慌てて手を振り払う。



「す、少し酔ってしまったようだ……し、失礼する!!」

「え、あ、はい……」

「ふふふっ……」



ガモウはただの人間の少年相手に力負けした事を悟られないようにその場を立ち去るが、当のナイ本人は自分を呼び出しておいてあっさりと帰った彼に戸惑う。しかし、その様子をアルトは楽し気な表情で見つめていた。




――人気のない場所にガモウは移動すると彼はナイに握りしめられていた右手を抑え、その場でうずくまって痛みを堪える。彼の右手はくっきりとナイが握りしめた指の痣が残っていた。



「ぐぅううっ……な、何だあの化物は!?」



右手を摩りながらガモウは涙目を浮かべ、この次の日にガモウは逃げる様に獣人国へと帰還した。

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