34話 大騒ぎ
「ご、ごめんなさい……うちのモモは酔っ払うと、キス魔になるの……もっと小さい頃にテンさんの酒を飲んで大変な事になったわ」
「こ、こら!!モモ、落ち着きな!!」
「あんっ……いけずぅっ」
「ううっ……は、初めてだったのに」
テンが無理やりにモモを引き剥がすと、リーナはショックを受けた表情を浮かべるが、ここで彼女はある事を思い出す。それはモモがリーナにキスする前にナイが彼女とキスをしていた事を思い出し、そうなるとリーナはナイと間接キスを果たした事になる。
(あ、あれ……これって僕、ナイ君とも……はわわっ!?)
モモだけではなく、間接的にナイとキスした事に気付いたリーナは口元を抑えるが、騒ぎを聞きつけたアッシュがテンに怒鳴りつけた。
「テンのこの騒ぎは何だ、お前の仕業か!?」
「えっ!?な、なんでそうなるんだい!?」
「いや、本を正せばテンさんの責任でしょ……飲めない人に無理やり酒を飲まそうとするからこんな事になったのよ」
「ヒナ!?あんたね、私を売るんじゃないよ!!」
「やはりお前のせいか……こい、久々に説教してやる!!」
「ちょ、ちょっと待ちな!?」
アッシュはテンの腕を掴み、無理やりに引っ張っていく。テンとアッシュは昔からの付き合いであり、昔から彼女が問題を起こした時は説教役を任されていたのはアッシュだった。
しかし、折角の宴の席だというのにこのままだと説教で時間を潰されると判断したテンは彼の腕を振り払う。テンとしては宴の席にまで説教など冗談ではなく、自分が悪いにも関わらずにアッシュに反抗する。
「離しなっ!!こんな時にまであんたの説教なんて受けられるかい!!それに今回の宴は無礼講のはずだよ!!」
「無礼講といっても限度があるわ!!お前は自分の立場を弁えているのか!?お前はもう聖女騎士団の団長なんだぞ!!」
「はっ、立場がどうとかどうだっていいんだよ!!だいたい、王妃様だって色々とやらかしていただろうが!!」
「そ、それは王妃様だから許されたのだ!!」
実を言えば王妃も宴の席の時は酒に酔っ払うとかなりの問題を引き起こしており、酒癖の悪さは実はテンよりも王妃の方が悪かった。そのせいで王妃が参加する宴の席では彼女に酒を飲ませないように配慮して酒類を用意しなかった事もある。
「丁度いい、あんたとはそういえば決着が付いていなかったね……この際にどっちが強いのか確かめてやろうか!?」
「抜かせ!!お前が騎士を辞めた後も俺は鍛錬を怠っておらん!!現役に復帰したからといって今のお前では俺に勝てん!!」
「舐めるんじゃないよ、昔ほど動けなくはなったかもしれないけどあんた程度に負けはしないよ」
「アッシュ公爵とテン団長の決闘!?」
「こ、これは凄い催し物ですな……」
アッシュとテンは両手で組み合うとお互いの額を擦りつけて睨み合い、その様子を見ていた他の者達は騒ぎ出す。どちらも王国内では指折りの武芸者でもあり、他の者達も止めずに二人の争いを見守る。
「ほう……武闘派で有名なアッシュ公爵と、聖女騎士団最強の団長との決闘か。確かにそれは気になるな……」
「私は同じ王国騎士としてテンさんを応援しますわ!!」
「お、お父さんは負けないよ!!」
「ちょ、ちょっと……止めないんですか!?」
「止めない、じゃなくて止められない……この二人が本気で喧嘩すれば止められる人なんていない」
宴の席には銀狼騎士団の副団長であるリンと黒狼騎士団の副団長であるドリスも参加しており、二人はアッシュとテンの諍いを見て面白そうな表情を浮かべた。
宴の席の中でヒイロだけは冷静に二人の行動を止めるべきではないかと主張するが、そんな彼女にミイナは首を振る。彼女の言う通りにテンとアッシュ程の実力者を止める事は容易ではなく、二人はお互いの手を離すと武器を用意するように告げる。
「誰かあたしの退魔刀を持ってこい!!」
「あいあいさ!!」
「リーナ、俺の薙刀を持ってこい!!」
「ええっ!?」
テンの言葉を聞いて彼女と一緒に宴に参加していたルナが退魔刀を用意するために駆け出し、アッシュの方も娘に命じて自分の武器を持ってくるように促す。もうこの二人の騒動は止められないと悟ったアルトは屋敷の主としてせめてもの願いを告げる。
「二人とも……戦うのなら外でやってくれ」
「あ、あははっ……」
疲れた表情を浮かべるアルトにナイは愛想笑いを浮かべる事しかできず、こうして彼の日常は過ぎていく――
※これにて一旦完結です。続きは書くかどうかは分かりませんが、ここまでのご愛読ありがとうございました。
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