閑話 《その後の大臣》
「おのれっ!!何が獣人国一の暗殺者だ!!」
「シバイ様!!お、落ち着いて下さい!!」
カノンが獣人国を離れてから数か月後、約束の期限を迎えても彼女は戻る事はなかった。それどころか獣人国に送り込んだ間者の報告によればカノンは既に捕まっている事が判明する。
捕まったカノンはこれまでの自分が行った悪事を話したようだが、カノンとシバイが繋がっていた証拠は持ち合わせていない。しかし、これまでにカノンはシバイの命を受けて何人もの人間を暗殺しており、その中には獣人国の家臣も含まれていた。
王国の元宰相であるシンとシバイは繋がりがあった事も知られたのは間違いないが、だからといってシバイの権力が揺らぐ事はない。カノンがいくら情報を吐いたところで彼女はシバイが悪事を行う直接的な証拠は持っていない。
(ええい、あの女一人に任せた事が間違いだったか……貧弱の英雄を侮り過ぎたか)
自分の屋敷の使用人を追い払った後、シバイは自分の部屋の椅子に座り込んで今後の事を考える。カノンのせいで色々と不味い事態に陥っていたが、彼女を王国に送り込む時点である程度の覚悟はしていた。
今回の失敗はシバイがカノンの事を信頼し過ぎていた事であり、彼女ならば王国の英雄を殺す事もできると踏んでいた。しかし、シバイの失敗の原因は「貧弱の英雄」の力を侮った事である。
獣人国では竜種という存在は非常に恐れられ、自分達ではどうしようもない圧倒的な存在だと認識していた。その竜種である火竜を王国が討ち取ったという報告を聞いた時は驚いたが、その火竜を討伐を果たしたのが当時は成人年齢にも満たしていなかった少年と聞いてシバイは信じられなかった。
(古代の魔道具を持つカノンを返り討ちにするとは……これは考えを改めなければならん)
シバイは貧弱の英雄は放置できぬ存在だと改めて考え直し、もしも噂通りに貧弱の英雄が竜種を打ち倒す力を持つ存在ならば放置はできない。
獣人国では最も恐れられたマジク魔導士が亡くなり、更に先の事件で王国はロラン大将軍を失った。だからこそシバイは今現在の獣人国の軍隊ならば王国に勝ち目はあると思っていた。しかし、火竜の首を送りつけられたときから状況は一変する。
(あの火竜の首さえなければ……!!)
獣人国の王都に送り付けられた火竜の首は未だに残っており、冷凍保存という形で保管されていた。竜種の素材など滅多に手に入る代物ではなく、後々に何かに使えるかもしれないので一応は保管しておいた。
(火竜を討ち取ったという貧弱の英雄さえいなくなれば王国の脅威もなくなると思ったが……)
少し前まではシバイに同調して王国に戦を仕掛ける事に賛成していた家臣も多かったが、火竜の首を送りつけられた途端に反戦派となった。実際に王国に火竜を討ち取れる軍事力があるかどうかは不明だが、報告によれば火竜を討ち取った少年こそ「貧弱の英雄」と呼ばれる存在という事は発覚している。
貧弱の英雄の噂は王国内だけではなく、獣人国の間でも噂が広まりつつあった。貧弱の英雄は魔導士や大将軍をも上回る脅威的な存在として認識されつつあり、そのせいで貧弱の英雄が居る限りは獣人国は王国に勝ち目はないと考える者も少なくない。
しかし、逆に言えば王国の戦力の中で最も恐れらている存在は「貧弱の英雄」であるナイ一人であり、もしも彼が不慮の事故か何かで亡くなれば獣人国の最大の脅威は消えてなくなり、今まで反戦派だった人間も態度を切り替えて戦を仕掛ける事に賛成するかもしれない。
(何としても殺さねば……!!)
シバイは諦めずにナイの暗殺を企てるが、後に彼はナイの殺害に拘った事を後悔する事になる。最初から王国への侵攻など考えず、両国の友好的な関係を維持する事に専念していれば彼は後悔する事はなかったが、もう時は既に遅かった――
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