31話 光の剣

――火属性の魔石が砕けて内部の魔力が暴発する寸前、ナイは既に旋斧を振りかざしていた。魔石が完全に砕けた瞬間、本来であれば彼の身体は爆炎に飲み込まれていただろう。


だが、魔石が砕けて爆炎が発生した瞬間、ナイは旋斧を反射的に構えていた。爆炎を切り裂くように彼は全力で振り下ろすと、所有者の意思に反応して旋斧が能力を発動させる。


ナイの視界には自分の前方から迫りくる爆炎を旋斧の刃が吸収し、自分を守るかのようにナイの周囲には爆炎は押し寄せなかった。爆発の規模が弱まったのも旋斧が爆炎を吸収したお陰であり、カノンの予想に反して建物に大きな被害がなかったのはナイの旋斧が暴発した火属性の魔力の大部分を吸収したお陰だった。




かつて旋斧は火竜の経験石の魔力を吸収した事もあるため、砕けた魔石の魔力を吸い込む事など容易い。しかも昔と違って現在の旋斧は魔力を吸収すると刃全体に光を纏う。この状態の旋斧は火属性の魔力を吸収すると赤色の光を放ち、火竜の魔力を吸収した時よりも美しい。





旋斧の魔力を吸収する能力のお陰で命拾いしたナイはカノンに視線を向け、彼女は心底信じられない表情を浮かべたまま腰を抜かす。今回の作戦のために彼女は手持ちの金を使い果たし、更には魔銃を利用するために必要な魔石弾も使い込んでしまった。



「う、嘘……あんた、どうして生きてるのよ!?」

「……この剣のお陰だよ」



ナイは赤色の光を放ち続ける旋斧を握りしめ、それを見たカノンは自分の過ちに気付く。彼女は反魔の盾だけを警戒していたが、気を付けるべきだったのは盾ではなく魔剣の方だったのだと悟る。



(ま、まずい……このままだと殺される!!)



追い詰められたカノンは混乱状態に陥り、なんとか逃げようとするが身体が思うように動かない。必死に身体に力を込めようとするが上手く言う事を聞かず、既に彼女の心は折れかけていた。


これまでにカノンは有名な武芸者を暗殺してきた。その中には黄金級冒険者にも匹敵する人間もいたが、目の前に立つナイは彼女が今まで出会って来た誰よりも恐ろしい存在に見えた。



(いったい何なのこいつ……!?)



最初の襲撃の時はカノンは自分が相手の事をよく調べずに不用意に仕掛けたせいで失敗したと思った。だからこそ彼女は今回の暗殺の際には細心の注意を払い、手持ちの金を全部使い果たしてまで用意した魔石を利用し、万全の準備を整えてから罠まで仕掛けてナイを殺そうとした。


獣人国一の暗殺者を自負するカノンは自分に倒せない相手などいないと思い込んでいた。しかし、彼女の前に現れたナイは外見こそに人間の少年に見えるが、彼女が相対してきたどんな敵よりも恐ろしい力を持つと感じとる。



(これが……貧弱の英雄)



カノンはこの状況では逃げ切る事はできないと判断すると、彼女は魔銃を手放して項垂れる。その様子を見てナイはカノンが降伏するつもりになったのだと判断し、旋斧も光を失って元の状態へと戻っていく――






――こうしてカノンは捕縛され、彼女が所有していたカノンは回収されて魔道具職人を目指すアルトの元に送られる。魔銃は勇者が関わる遺跡で発見された代物という事で彼は強い興味を抱き、現在は冒険者を引退して鍛冶師に専念しているハマーンと共に魔銃の研究を行う。


カノンの方は心が折れたせいか意外な程にあっさりと自分がこれまでに犯した悪事を話す。そしてカノンが大臣と繋がりを持ち、彼に依頼されてナイを暗殺しに訪れた事までも話す。


彼女は大臣から雇われた暗殺者ではあるが、別に彼に忠誠を誓っているわけでもないので洗いざらい彼女が知る限りの大臣の悪行を伝える。この事で王国は獣人国の大臣の正体を掴み、そしてシンと繋がっていた人物だと見抜く事ができた。


しかし、カノンの情報だけでは獣人国の大臣を追い詰める事はできず、そもそも彼女が行った悪事も全て獣人国内で起きた出来事であるために王国では彼女を捌けない。仮にカノンを獣人国に送り込めば大臣が何としても始末しようとすると考えられるため、一先ずの間はカノンは王国の監獄で管理する事になる。




今回の一件で王国は獣人国を裏で操る黒幕の存在に気付き、後に大臣は貧弱の英雄に手を掛けた事を一生後悔する事になる――

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