27話 英雄の噂
カノンは空き地から抜け出すと、酒場に赴く前に服を着替える事にした。先ほど英雄には顔を見られてしまい、格好も知られたので彼女は服を着替えてついでに化粧を行う。
この場合の化粧とは身嗜みを整えるための化粧ではなく、別人に成りすますための変装を行う。暗殺者としてカノンは自分の正体を知られないように普段から化粧道具を持ち歩いており、ウィッグもいくつか持っているのでそれを身に付けて出向く。
長髪のウィッグと化粧を施したお陰でカノンは別人のように変化し、彼女はこのような状況に備えて「変装」の技能も身に付けていた事が功を奏す。暗殺者として生きると決めた時からカノンは色々と考えた上で必要な能力を身に付けていた。
(情報屋に聞くのが一番だけど、大臣の話だと王都へ送り込まれた部下は情報屋を探そうとしただけで捕まったとか言ってたわね)
大臣の腹心であるリョフイは部下に情報屋を探させたが、それが仇となって彼は部下が王国に所属する「黒面」なる組織に勘付かれ、危うく捕まりかけたという話は聞いている。
リョフイが1年以上前に王都へ赴いた時は「ネズミ」という情報屋もいたらしいが、前回にリョフイが訪れた時はネズミは見つからず、下手を打った部下のせいで黒面と英雄に見つかって退散する羽目になった。
カノンも前に聞いた事がある。だからこそ彼女は情報屋を頼りにせず、とりあえずは酒場で英雄に関する情報の聞き込みを行う事にした。
「貧弱の英雄?ああ、皆知ってるぜ……でも、その呼び方は止めておけよ。こっちではあの人は竜殺しと言われているんだ」
「竜殺し……ね」
カノンが聞き込み調査を行った結果、彼女が知れたのはナイはこの国では「貧弱の英雄」という異名よりも「竜殺し」という異名の方が有名であり、名前の由来は文字通りに彼は火竜を2体も打ち破ったという事実からこのような名前が付けられたという。
「その噂、本当なの?人間があの火竜を殺せるなんて信じられないわね」
「まあ、他の国から来た人は信じられないのも無理はないだろうな。けどな、1年ぐらい前に来てたらそんな台詞は言えなかっただろうな。何しろあの時は凄かったからな……街中に火竜の死骸が横たわっていたんだぞ。あれを見たら絶対に納得しただろうな」
「火竜の死骸……」
少し酔っ払った客から聞いた話によると、王都では火竜が討伐された後、しばらくの間は死骸は街中に存在して誰もが確認出来たらしい。死骸が解体されるまでの間、大勢の人間が火竜の死骸を実際に目の当たりにした。
火竜の死骸は見事に首元が切断されており、その首が後に獣人国の王都へ送り届けられた代物で間違いはない。ちなみに首を送りつける様に提案したのはこの国の魔導士らしく、王国の戦力を知らしめるためだけに貴重な火竜の首を送り込む事に流石に国王も難色を示したが、最終的には魔導士の案が通ったらしい。
「あの死骸を見た人間は誰も疑わねえよ。あの切り取られた火竜の首……あれを思い出すだけで身体が震えちまう」
「……でも、別に英雄一人で倒したわけじゃないんでしょう?」
「そりゃそうだけどよ……でも、間違いなく火竜の首を切り落としたのは英雄様なんだぜ?俺も剣士だから分かるが、あの首は間違いなく剣の攻撃で切り落としたんだ」
「俄かには信じがたいわね……」
「だろうな、俺だってあんな死骸を見なければ信じられなかったよ」
実際に火竜の死骸を見た人間でさえも、火竜の首を切り落とす剣士が実在するとは今まで考えもしなかった。だが、カノンが話を聞いた剣士によれば火竜の首の切口から一撃で火竜の首を切り落としたとしか考えられないと告げる。
「火竜に止めを刺したのは間違いなく英雄様だ。断言するね、あの火竜は一撃で首を切り落とされた……しかも英雄様はこの時はまだ成人年齢にも達していなかったんだとよ。全く、大したもんだぜ」
「…………」
カノンは火竜を英雄が倒した話を聞かされても信じられず、この酔っ払いの男が自分を騙しているのかと思ったが、ほら話だとしてもあまりにも内容が突拍子過ぎて逆に真実味を感じさせる。
「……英雄に関してもう少し色々と聞かせてくれる?」
「ああ、いいぜ。火竜以外にもゴブリンキングとか、リザードマンとか、最近だとガーゴイルとかも倒したという噂もあるからな。話し相手がいなくて寂しかったんだ、色々と教えてやるぜ。でも、まさかただで教えてもらおうとは考えてないよな?」
「え、ええ……勿論、ここの酒代は私が払うわ」
「へへ、気前が良いな」
暗殺対象の情報収集のため、仕方なくカノンは引きつった笑みを浮かべながら酔っ払いの男から情報を聞き出すため、彼に酒を奢ってこれまでのナイに関する噂を聞く事に成功した――
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