21話 英雄の暗殺指令
――リョフイから報告を受けた次の日の夜、シバイの前に「カノン」と言う名前の女性が訪れる。彼女を前にするとシバイでさえも緊張感を隠せず、正直に言えば用事がなければ顔も見たくない人物だった。
「随分と遅かったな……約束した時刻は夕方だったはずだぞ」
「はいはい、反省してま〜す」
仮にも獣人国の大臣であるシバイに対してカノンは全く物怖じせず、悪びれた様子もなくソファに座り込む。シバイも相手がただの配下ならば激怒するところだが、彼女の場合は慎重に対応しなければ自分の身が危ない。
――シバイが集めたのはこの国でも一番の暗殺者であり、恐らくは国内で最も人殺しを行った人物でもある。カノンがその気になればシバイなど一瞬で殺す事もできるため、対応を間違えば彼の命も危うい。
シバイがカノンを呼び寄せた理由、それは獣人国の脅威となる人物を殺害する事を意味しており、彼に呼びつけられた時点で暗殺者はシバイが自分に対して殺しの依頼をする事を予想していた。
「また、お前に殺してほしい人間がいる。今回は今まで殺した人間の中でも最も大物だ」
「誰でもいいわよ。お金さえくれるならね、それで誰を殺してほしいの?」
「…………」
カノンはシバイの言葉を聞いても全く動揺せず、仮にも大臣であるシバイに大して無礼な態度を取るが、シバイは内心憤りながらも冷静に話を続けた。
「今回の暗殺対象はこの国の人間ではない、王国の重要人物だ」
「あら、王国なんて楽しみね。帰りに観光でも指定いこうかしら?」
「……仕事をやり遂げたのならば好きにして構わん。何だったら二度と戻って来なくてもいいんだぞ」
「冗談、あたしがいなかったらあんたなんて真っ先に殺されちゃうわよ?」
獣人国の人間ではなく、他国の重要人物を殺してほしいという内容を聞いてもカノンは動じず、むしろ王国に観光に行く気分で話を聞く。そんな彼女にシバイは呆れを通り越して頼もしくさえ感じ、今回の暗殺対象の情報を伝える。
「殺してほしい人物は王国では貧弱の英雄と呼ばれている人物だ。名前は「ナイ」黒髪の少年で二つの魔剣と反魔の盾を所持している。可能ならばこの少年を暗殺した後、魔剣と盾の回収も頼む」
「貧弱の英雄?変な渾名ね……まあ、別にいいわ。条件はそれだけかしら?」
「……できる限り、目立たずに殺せよ」
「はいはい」
暗殺対象が少年だと聞かされてもカノンは驚かず、彼女からすれば相手がどんな人物だろうと関係なく、重要なのは成功報酬だった。仮にも他国の重要人物を殺害するとなれば、それ相応の報酬を受け取らなければ割に合わない。
「それで今回の報酬は?」
「前金として銀貨100枚、成功報酬は金貨100枚だ」
「へえっ……悪くないじゃない」
シバイの告げた報酬の額にカノンは口元に笑みを浮かべ、その態度にシバイは震える。金の話になった途端に女性の雰囲気が変化し、彼女は目つきを鋭くさせて腰元に手を伸ばす。
彼女のマントの下には恐るべき武器を身に付けており、それを知っているからこそシバイはは緊張した面持ちで話を続ける。
「暗殺した証拠もちゃんと持ち帰るようにするんだ。それと、対象が所有する魔剣と盾を持ち帰った場合、報酬は更に増額させよう。全ての装備を持ち帰ることができれば報酬は倍は出そう」
「という事は……殺して装備を奪うだけで金貨200枚?それはつまり、その魔剣と盾も相当な価値があるということね?」
「……持って帰るのが無理ならば殺すだけでも構わん」
「あんた、誰に言ってるのか分かってる?私が今まで一度でも仕事をしくじった事があった?」
「そ、そうだったな……頼んだぞ」
シバイの言葉を聞いた女性は口元に笑みを浮かべ、彼女の言葉にシバイは何も言い返せない。実際にカノンはこれまでのシバイの仕事は全て遂行しており、その中には獣人国の「黄金級冒険者」に昇格する寸前の有力冒険者も含まれていた。
カノンの暗殺者としての実力は本物であり、仮に獣人国の大将軍であろうと彼女ならば暗殺する事ができる。だからこそシバイは「王国の英雄」の暗殺を依頼する人物は彼女しかいないと考えた。
「国境を越える時はこれを警備兵に渡せ。そうすれば手続き無しで通り抜ける事ができる」
「はいはい」
獣人国の王都から王国の王都までかなりの距離が存在し、国境を越えるとなると色々な手続きも必要になるが、その辺はシバイは配慮する事を約束する。
暗殺対象を始末するまではカノンが国に戻る事は許さず、その代わりに高額の前金を支払う。カノンは銀貨が100枚入った袋を受け取り、鼻歌を鳴らす。
「これが前金だ。それとお前達を国境まで送りつける馬車の用意はできている」
「ひゅうっ、随分と準備良いわね、そんなに私の事を信頼しているの?それとも、実は私をこの国から追い出したいだけかしら?」
「……金を受け取ったのなら早く行け」
「相変わらず不愛想なおっさんね」
シバイに前金を受け取ったカノンは退出すると、彼が事前に用意した馬車に乗り込み、王国へ向けて移動を開始する。その様子を窓の外から確認したシバイは笑みを浮かべる。
(失敗しようと成功しようと……私にとっては悪くはない)
リョフイの報告によれば暗殺対象のナイは相当な手練れらしく、いくら彼女が獣人国の中では最強の暗殺者といえども、簡単に始末できる相手ではない。英雄がカノンを始末するか、あるいはカノンが返り討ちに遭ったとしてもシバイにとってはどちらでも問題ではない。
シバイの目的は貧弱の英雄の暗殺だけではなく、最近は目障りに思えてきたカノンと戦わせ、二人が同士討ちの結果になればシバイにとっては最高の展開だった。仮に暗殺に成功してカノンが戻ってきたとしても、王国の英雄を殺したとあれば損にはならない。逆にカノンが始末されてもシバイの悩みの種が解消される。正に良い事尽くしだった。
だが、この時のシバイは知らなかった。彼が暗殺を依頼した人物は彼の想像を超える力を持つ事を――
――それから時は流れ、シバイに送り込まれた暗殺者は遂に王国の王都へと辿り着く。この頃には王都の復興も大分進んでおり、以前のように活気に満ち溢れていた。
「ここが王国の王都ね……思っていたより、活気があるわね」
獣人国のシバイから派遣されたカノンは特別な生まれの人間だった。
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