番外編《獣人国の刺客》
1話 15才の誕生日
――王都の事件が解決してからしばらく経過した頃、遂にナイはこの世界の成人年齢である15才の誕生日を迎えた。彼の誕生日を祝うためだけに白猫亭に大勢の人間が押し除け、盛大な宴が行われた。
「ナイ君、誕生日を祝って……乾杯!!」
『乾杯!!』
モモの号令の元、地下の酒場に集まった人間達が祝杯を挙げる。今日の白猫亭はナイの貸し切りであり、一般客の出入りを禁じて誕生会に呼んだ人間だけが出入りを許されている。
ナイの誕生日に参加した人間の中にはモモとヒナとリーナは当然として、他にもヒイロやミイナ、更にはアルトやシノビやクノ、他にも王国騎士団に所属する者達の姿もあった。ドリスやリン、他にもリンダやテンやルナの姿も有り、ナイの知り合いの殆どが集まっていた。
「ついにあんたも15才かい……それならこれからはガキ扱いは控えようかね」
「そんな……別に今まで通りでいいですよ」
「お〜ご馳走がいっぱいだな!!これ、作ったのはテンか?クロネか?」
テンは杯ではなく酒瓶を片手にナイに祝いの言葉を告げ、その横ではルナが机の上に並べられたご馳走を見て目を輝かせていた。ちなみに今回の料理はクロネが作っており、彼女は厨房の方で忙しく働いている。
「ナイ殿、誕生日おめでとうでござる」
「ありがとう、クノ。最近は姿を見なかったけど、来てくれたんだね」
「白面に所属していた暗殺者達の指導のため、拙者も兄者も今は色々と忙しくて会う暇がなかったのでござる」
クノは今回は珍しく忍者装束ではなく、和国の着物を身に付けていた。こちらではあまり見慣れない服装なのでナイは物珍しげに見つめると、クノは恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「へえっ……それ、和国の服なんですか?」
「あ、あまり見ないでほしいでござる。拙者もこういう服を着るのは久しぶりで恥ずかしいでござる」
「へえ、こいつが着物かい。噂には聞いた事があるけど、変わった格好だね」
「我々からすればそちらの格好の方が変わっているがな……無暗に肌を晒す様な服装は我々の国にはない」
「何だい、それは……あたし達の服装に文句あるのかい」
テンの言葉を聞いてシノビが反論すると、確かに和国の人間と比べたら王国の人間の女性は肌の露出が多い服装の人間が多かった。これは文化の違いのために仕方がない事だが、その言葉を聞いてテンは不満そうな表情を浮かべる。
尤も祝いの席で喧嘩をするほど非常識な人間はおらず、シノビはナイに向き合うと彼には色々と世話になった事を思い出し、祝いの品を差し出す。
「……受け取ってくれ、クノと共に作った物だ」
「えっ……これは?」
「それは拙者達の国に伝わる和菓子でござる。材料を揃えるのに苦労したでござるが、どうにか作り出す事ができたでござる」
「へえっ……これが和国のお菓子なんですか?」
シノビとクノが渡したのは「おはぎ」であり、この国では材料を用意するのはかなり苦労させられたが、二人は事前にナイが甘い物が好きだと聞いてこれを用意した。
本当はもっとちゃんとした祝いの品を渡すべきかと思ったが、二人とも今は白面に所属していた暗殺者の指導で色々と忙しく、クノが和菓子を作るのが得意という事でこの国には存在しないお菓子を与えた。ナイは有難く受け取り、この場で食そうとした時に違和感を抱く。
「…………」
「ん、どうしたんだい?」
「食わないのか?なら、ルナが貰うぞ」
「え、いや、食べるよ」
ナイはおはぎを口に咥えようとした途端、昔に似たような物を食べたような記憶が蘇る。但し、その記憶はアルに拾われる前の記憶であり、彼が捨てられる前に誰かが赤ん坊のナイにおはぎを与えようとしていた記憶だった。
『――ごめんなさい、私達を許して』
『あうっ……』
赤ん坊のナイを誰かが抱いており、その人物の手にはおはぎが握られていた。彼女は小さくちぎったおはぎをナイの口元に移動させ、ナイはおはぎを小さい舌で舐める。
自分を抱いている人物の顔はナイは思い出す事はできず、赤ん坊の頃の記憶なので曖昧だった。しかし、声音から察するに女性である事は確かであり、その後の記憶はナイにはない。
(今のは……記憶?)
ナイは赤ん坊の頃の記憶が蘇り、驚いた風におはぎを覗き込む。この時の彼の行動に他の者達は不思議に思うが、そんな彼の元にモモとリーナが駆けつける。
「あっ!!ナイ君、それ何!?もしかしてお菓子!?」
「え、お菓子?ナイ君、お菓子好きだったの?」
「おお、モモ殿にリーナ殿。久しぶりでござるな、拙者の作ったおはぎに興味があるなら食べていいでござるよ。いっぱい作って来たでござる」
「わあ、やったぁっ!!」
「皆、和国のお菓子が食べられるよ!!」
「和国のお菓子!?それは珍しいですわね!!」
「ほう……それは食べてみたいな」
女性陣が珍しいお菓子に引き寄せられ、ナイの元に押し寄せてきた事で結局はナイは赤ん坊の記憶をゆっくりと思い出す事はできず、今日は祝いの席なので昔の事は忘れて楽しむ事にした――
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