第853話 受け継ぐ者

「おい、急ぎな!!何だかやばい予感がするんだよ!!」

「テン、さっきから肌がぴりぴりする……これ、リョフか!?」

「違う!!リョフよりも強い気配だ!!」



地下施設を封鎖していた聖女騎士団も地上の異変に気付くと、下水道を抜け出して地上へと帰還し、商業区の方角へ向かっていた。


彼女達も火竜の放つ圧倒的な存在感を感じ取り、商業区に向けて移動を行う。しかし、火竜が現れたというのに街の中は不気味な程に静まり返っていた。まるで野生の獣のように街の住民達も危険を察して建物の中に引きこもり、音も立てずに身を守っている様子だった。



(なんてこったい……いったい、何が起きてるんだい!?)



火竜の姿はまだ聖女騎士団も確認しておらず、何が起きているのかは彼女達も把握していない。しかし、リョフ以上の脅威が現れた事は確かであり、急いで聖女騎士団は商業区の方へ向かおうとした時、偶然にもエルマ達と遭遇した。



「テン!?それに他の皆も……どうして貴方達がここに!?」

「ほう、これは都合がいいのう」

「エルマ!?それに……マホ魔導士!?どうしてあんた達がここに!?」



聖女騎士団の前に現れたのは黒馬に跨ったエルマとその背中にしがみつくマホであり、この二人は王城にいる王族たちの警護を行っているはずだが、二人が一般区と商業区の境目で遭遇した事にテンは驚く。


エルマ達も王城から火竜の存在を確認し、急いで火竜の元に直行していた。この時にエルマは黒狼騎士団の黒馬を借りて駆けつけ、その後ろには馬車に乗り込んだゴンザレスとガロが追いかけていた。



「うおっ!?せ、聖女騎士団か……」

「母さん、無事だったか」

「おお、ゴンザレス……お前も無事でよかった」



聖女騎士団のランファンとゴンザレスは実の親子であり、二人は再会を喜ぶが今は喜んでばかりはいられない。改めてテンはどうして彼等がここにいるのかを問い質す。



「ちょっとエルマ!!なんであんたらがここにいるんだい!?城の守りはどうした、王子と王女の護衛は!?」

「それは……」

「俺の方から説明しよう」

「えっ……バッシュ王子!?」



ガロとゴンザレスが乗り込んだ馬車の中からバッシュが現れ、更にその後ろにはリノとシノビも姿を現す。王族である二人がここに居る事に聖女騎士団の面々は戸惑うが、跪こうとする彼女達に対してバッシュが手で制止した。



「今はかしこまる必要はない、そんな事よりもお前達も感じただろう……この気配を」

「は、はい……それはそうですけど、どうして王子と王女がここに?」

「御二人の警護のためじゃ。まさか、城に残していくわけにいかんからな。それにこれはバッシュ王子の意思でもある」

「そういう事だ……仮にも俺は黒狼騎士団の団長、そしてリノも銀狼騎士団の団長だ。このまま黙って事が終わるまで王城に待機する事はできん」

「その通りです」

「…………」



バッシュとリノはこの国の王族ではあるが、同時に王国騎士団の団長を務めている。ならば団長としてこの国の脅威を見過ごす事はできず、共に戦う覚悟はできていた。


しかし、二人の気持ちは分からなくもないが、この二人を戦闘に参加させる事にテンは躊躇してしまう。もしも王族の二人の身に何かあればこの国の未来が危うくなり、彼女は苦言を告げる。



「御二人の気持ちは分かるけどね……ここはあたしたちに任せてくれませんか?だいたい、王子と王女がなくなったらこの国は誰が支えるんですか?」

「決まっているだろう、アルトだ」

「えっ……アルト王子?」



バッシュのあまりにも意外な一言にテンは呆気にとられるが、バッシュとリノは互いに顔を見合わせて笑みを浮かべる。



「話は聞かせてもらったぞ、俺達が不在の時に王都に乗り込んできた猛虎騎士団を止めたのはアルトだと……そして猛虎騎士団を説得し、こちら側に引き込んだのもアルトだと聞いている」

「まさか、私達のいない間にアルトが命を懸けて猛虎騎士団を食い止めるばかりではなく、味方に引き込むなんて……」

「知らないうちにあいつも王族としての自覚ができていたようだな……ならばこの国の事はアルトに任せられる」

「ちょっ……本気で言ってるんですか!?」



テンは二人の言葉を聞いて驚愕し、彼女の中でのアルトは王族の中でも一番の問題児だという印象だったが、バッシュもリノも本気だった。二人は自分達に何が起きようと、アルトがこの国を立て直してくれると確信を抱く。


万が一にも自分達に何かあればアルトにこの国を任せる事を決め、二人は団長としての役割を果たすため、エルマ達と同行して火竜の元へ向かう事を決めた。この二人の決断にはマホもシノビも止められず、二人は命を賭して必ずこの二人を守る事を誓う。

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