第828話 世界樹

――聖女騎士団が施設の一つを潰し、白狼騎士団が商業区の白面を殲滅した頃、黒狼騎士団は地上にて現れたリザードゴブリンを撃破後、下水道に乗り込んで白面の地下施設に到着する。


施設内に到着した黒狼騎士団だったが、こちらの施設は既にもぬけの殻であり、見張りもいなかった。恐らくはこの施設の白面は既に地上に脱出したと思われ、こちらでは白面が常備する防毒作用のある仮面の製作所だと判明した。



「ドリス様、ここにはやはり白面はおりません!!その代わりに奥の方にとんでもない物が……」

「とんでもない物?」

「世界樹です!!こいつら、こんな地下で世界樹を育てていたようです!!」



配下の報告を聞いてドリスは驚き、彼等の案内の元で施設の一番奥にある部屋へ向かうと、そこには一本だけ生えている樹木が存在した。


一目見ただけでドリスは樹木の正体が世界樹だと見抜いた。それほどまでに世界樹は神々しい雰囲気を放ち、光に照らされるだけで全体の葉が光り輝く。そのあまりの美しさに黒狼騎士団は見ほれるが、すぐにドリスは正気を取り戻す。



「ど、どうしてこんな場所に世界樹が……」

「見てください、あそこを!!どうやら奴等、世界樹を利用して仮面を製作していたようです!!」



岸の一人が世界樹の枝が何本か折られている事に気付き、白面が身に付けている仮面が世界樹から作り出されている事が判明する。ドリスはこの事実にどのように対応するべきか思い悩む。



(まさか、この王都で世界樹が育成されていたなんて……これは大問題ですわ)



世界樹はこの世界においては非常に取り扱いが難しい植物であり、歴史上に名前を残す聖剣の素材などにも利用される。世界樹は魔法に対しても強い耐性を誇り、更には世界樹の樹液は高い回復効果を誇り、更には寿命を伸ばす効果もあると言われている。


エルフの間では世界樹はこの世界を救うために天上の世界から送り込まれた「神樹」として崇められており、かつて世界樹を育てようとした国はエルフにその存在を知られ、彼等によって奪われた事もあるという。



(この世界樹を王国内のエルフの方々に知られたらまずいですわ!!でも、どうすれば……)



世界樹の存在は当然だが秘匿せねばならず、ドリスは困り果てた状態で世界樹を見上げる。とりあえずは処分する事だけは有り得ず、この施設に関しては黒狼騎士団の方で占拠するしかなかった。



「世界樹の件はすぐにバッシュ王子に報告を!!私達はこの場所をなんとしても守りますわよ!!」

「は、はい!!」

「分かりました!!」



本来であれば核施設を潰した後は合流する予定だったが、世界樹を発見した以上はドリスも放ってはおけず、すぐに自分の直属の上司であるバッシュに報告を行う。ここから先は彼女は世界樹の守護のため、施設に留まるしかなかった――






――王都に存在する5つの施設の内、2つの施設が王国騎士団によって占拠された。白狼騎士団も猛虎騎士団の方も既に地下施設に向けて動いているが、銀狼騎士団に関しては団長であるリンが何者かの手によって倒され、アッシュは彼女を発見して呼びかける。



「リン!!起きろ、リン!!」

「う、ぐぅっ……」

「くっ……お前ほどの者がいったい誰にやられたのだ!?」



アッシュは造船所にてリンとはぐれた後、彼女の配下と共に捜索を行う。その途中、街道に倒れているリンを発見してすぐに抱き起す。


リンは完全に意識を失っており、いくら声をかけても目を覚まさない。身体が痺れるのかアッシュが触れる度に痙攣し、その様子を見てアッシュは疑問を抱く。



(リンほどの実力者が簡単に敗れるとは思えぬ。船にいたリザードマンにやられたか?いや、魔物にやられたにしては怪我を負っていない……いったい、何が起きた?)



アッシュは最初はリンを襲ったのは飛行船で遭遇したリザードマンかと思ったが、それにしてはリンの身体は妙に綺麗なままだった。


ハマーンの片足を喰らったリザードマンならばリンを放置するはずがなく、彼女を気絶させた後は餌として捕食するだろう。しかし、リンは身体が痺れている様子だが特に肉体の損傷はなく、それだけにアッシュは彼女が何者にやられたのか気にかかる。



「リン、しっかりしろ……すぐに安全な場所に連れて行くからな」

「ま、まどう……」

「リン?」



うわごとのようにリンは口を開き、意識を失っているにも関わらずにリンが何か語り掛けようとしている事に気付き、アッシュは耳元を近づける。



「まどう、し……」

「魔導士?魔導士がどうした?」

「…………」

「リン!?」



リンの絞り出した言葉を聞いてアッシュは戸惑い、彼女の告げた「魔導士」という言葉に疑問を抱く。この王国では3人の魔導士が存在したが、もうその内の一人は死亡している。他の2名の魔導士も現在この国のためにそれぞれが動いているはずだった。


魔導士の中でも最年少のイリアは解毒薬の製作を行っており、マホの方は弟子たちを連れて王城にて待機していた。彼女達は王国騎士団が地下施設に乗り込む間、地上の王城の警備を任せられていた。だからこそアッシュはリンがこの状況下で魔導士という言葉を告げた事に疑問を抱く。

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