幕間 《イリアとイシの決断》

王都の医療室に戻ったイシは椅子に座り込んで思い悩む。そんな彼の元に小生意気な弟子が訪れた。



「どうも、やっぱりここいましたか」

「……お前か、何の用だ?」

「いえ、ちょっと薬の素材が切れかかりましてね。ここにあるのを分けて欲しいと思って……」

「勝手にしろ」



イシの元に現れたのは木箱を抱えたイリアであり、彼女がここに訪れる事は滅多になかった。一応はこの二人の関係は師弟なのだが、既にイシはイリアに自分が教える事は何もないと判断しており、彼女は魔導士であると同時に優秀な薬師でもある。


王国専属の医師であるイシよりも今ではイリアの方が薬学に精通しており、彼女は遠慮せずに医療室に保管されている薬品を手にすると、その場で薬の調合を開始する。そんな彼女を見てイシは呆れた声を出す。



「おい、まさかここで調合を始めるつもりか?自分の研究室に戻ってやればいいだろうが」

「そうしたいのはやまやまですが、その時間も惜しいんです。特急で作らないといけませんからね」

「たくっ……」

「そういう貴方の方こそ真面目に仕事をしたらどうですか?偶には以外の薬も作るのも悪くありませんよ」

「うるせえよ……」



イシが普段から仕事を真面目に行わないのは理由があり、実を言えば白面が使用する毒物の類の製作者は彼だった。白面が任務の前に服用する毒薬を作り出したのは若かりし頃のイシであり、彼の父親も医者でシンとは古い付き合いだった。


父親から医者としての知識と技術を学んだイシはシンの勧めで父親と同じく王国の専属医師となった。しかし、これらの役職は所詮はシンから与えられたものでしかなく、シンにとって都合の良い存在だったからこそイシは王城の医師になれたに過ぎない。


子供の頃からイシは父親に憧れ、一人前の医者になるために頑張ってきた。しかし、実際には尊敬していた父親はシンに命じられて人の命をもてあそぶ毒薬を作り続け、最終的には心を病んでしまった。



『親父、しっかりしろ!!死ぬんじゃない!!』

『……すまない、本当にすまない……許してくれ』



死ぬときまでイシの父親は自分の毒薬で死んでしまった人間達に許しを請い、息子の彼の言葉さえも届かなかった。そのせいか父親の哀れな死を見てイシは完全に医者として人々を救うという熱意を失い、真面目に仕事に取り組めなくなった。


父親の事は尊敬していただけに彼がシンに言われて人の命を奪う毒薬を作っていた事は衝撃だった。だが、父親は許しを乞う姿を見て彼の苦しみは理解できた。しかし、今ではその父親の代わりに自分がシンの言いなりになって毒薬を作る事にイシはいたたまれない気持ちを抱く。



「そういえばクーノの白面の拠点が潰されたそうですけど、一時的に毒を抑える薬の方の生成は大丈夫なんですか?」

「……ああ、問題ない。くそっ……はもう完成しているのに何時まであんなもんを作り出させるつもりだ」



イシは苛立ちを抑えきれずに机を叩き、実を言えば白面が服用する毒薬の完璧な解毒薬は当の昔に完成させていた。しかし、白面を管理するためにはこの解毒薬の存在は秘密にされ、彼はあくまでも毒を一時的に抑える薬の生成しか許されていない。


解毒薬の製造法は判明しており、これさえあれば毒で無理やりに従えさせられている白面の暗殺者や彼等に捕まって協力を強要されている人間は解放される。だが、そんな事をシンが許すはずはなく、イーシャンは悔し気な表情を浮かべた。



「畜生……何が人の命を救えなくて何が医者だ」

「……それなら、抗ってみますか?」

「何だと……?」

「どうぞ、出てきてください」



イシの言葉を聞いてイリアは医療室の扉に話しかけると、そこから思いもよらぬ人物が姿を現し、イシは度肝を抜く。



「あ、あんたが……どうしてここに!?」



目の前に現れた人物にイシは戸惑いを隠せず、そんな彼に対して現れた人物はゆっくりと口を開く――

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