第701話 疑念
――イチノから討伐隊が無事にリノ王女を救い出して帰還した際、アッシュはリノの気持ちを汲み取って彼女のためにも国王にリノの正体を世間に明かす様にアッシュは進言した。
リノは生まれた時に男として育てられていたが、彼女の幸せを考えるならば本当の性別を明かすべきだとアッシュは進言し、その言葉に国王はリノの正体を民衆に明かす事を決意した。しかし、この決定には宰相は強く反対する。
『リノ王女の正体を晒してはいけません!!そんな事をすればこの国と獣人国の関係はどうなるか……御考え直し下さい』
『しかし……儂は国王である前に父親じゃ。もうこれ以上、リノに苦しい思いをさせたくはない』
『陛下……お気持ちは分かりますが、情で流されてはなりませぬ。この国のために時には非情な判断も必要なのです。リノ王女が生まれた時、陛下は男として育てる事を誓ったではありませんか』
『くどいぞ、宰相!!リノ王女のお気持ちも考えろ!!』
『お主の方こそ黙らぬか、青二才めがっ!!』
『止めよっ!!お主等が言い争ってどうする!!』
アッシュはリノの気持ちを汲んで彼女の正体を明かす様に告げるが、宰相は結局は最後まで反対した。しかし、国王はリノを失いかけた事もあり、もうこれ以上に彼女に辛い思いをさせたくはないという父親としての気持ちに嘘は吐けず、結局は彼女の正体を明かす。
『宰相の様子はどうだ?』
『まだ完全には納得しきれていないようですわね。確かに宰相の言い分も分かりますけど……ですけど、私はリノ王女がこれ以上に苦しむのも可哀想だと思いますわ』
『そうだな……』
リノが正体を明かす事に関しては家臣の間では賛否両論ではあったが、彼の兄であるバッシュとしては国王が大切な娘をこれ以上に苦しませたくはないという気持ちもよく理解できた。バッシュからすればリノは可愛い妹であり、彼女が小さい頃から男として育てられ、辛い気持ちを経験していた事は知っている。
王国では第一王子と第二王子に関しては将来的に王位の座に就く可能性を考慮し、厳しい教育が施される決まりとなっている。だが、バッシュの場合はともかく、リノの場合は本当は女なのに厳しい訓練を課せられ、しかも彼女の場合は王位に就く事は有り得ない。それでも世間の目を誤魔化すために表向きは王子として育てられた。
王国では第一王子と第二王子だけが厳しく教育されるのは互いに競争心を生み出し、お互いに切磋琢磨する関係を築くためであると語られている。そういう意味では第三王子のアルトが多少甘やかされて育てられたのはリノのお陰でもある。
小さい頃からバッシュはリノの事を見ており、彼女が自分の競い合い手に相応しい様に訓練を受けていた事は知っている。しかし、いくら彼女が努力を行おうと王位に就く事は出来ない。彼女は女であるが男として振舞わなければならず、生涯結婚も出来なければ子供も授かる事はない。
『……父上も苦しかったのだろう』
国王からすれば国のためとはいえ、小さい頃からリノだけが苦しむ姿を見て心を痛ませ、イチノの一件で危うく彼女が死にかけた事で吹っ切れたらしい。バッシュとしてもこれ以上に妹に重荷を背負わせたくはないと思い、今回のアッシュの進言を表だって反対する事はしなかった。
当然だが王国と獣人国との良好な関係を築くためにはリノが恩である事は色々と都合が悪い。しかし、それでもリノと関わりを持つ人間は彼女の苦しみを知っているので反対する事が出来ず、結局は彼女の正体を明かされる。
結果から言えば獣人国はリノが王女であると判明すると、獣人国の国王は酷く怒った。今回の一件で王国と獣人国の関係が悪化したのは間違いない。それでもリノはこれからは王子としてではなく、王女として生きられる事にバッシュ達は満足だった。
『……銀狼騎士団、か』
『バッシュ王子?どうかされましたか?』
『いや……少し気になってな』
しかし、この時にバッシュはある疑問を抱く。それは銀狼騎士団の存在であり、この騎士団はリノが王子として育てられる事から急遽築き上げた騎士団である。
確かに王族として生まれた人間は騎士団を作り出す事がこの国の決まりであり、バッシュも成人年齢を迎えた時に黒狼騎士団が結成(正式には彼が成人年齢を迎える前から騎士達は集められていたが)され、その団長を任せられる。しかし、歴代の王族全員が騎士団のまとめ役を務めていたわけではない。
王女として生まれた者の場合、殆どが名目上は騎士団を率いている事になっているが、実際の指揮を行っているのは副団長の立場に就いた人間である。つまり、王国騎士団を実質的に管理しているのは副団長の立場であり、団長の位を持っていても王女は騎士団長として行動を強要させられる事はない。
リノの場合は王子として扱われていたので彼女は騎士団の団長として行動し、騎士達を率いていた。しかし、冷静に考えれば彼女が当たっていた任務には妙に危険性が多い事をバッシュは今さらながらに疑問を抱く。
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