第700話 シン宰相
――王国の宰相であるシン、彼はこの国に存在する誰よりも王国に仕えた年数が長く、彼の父親もその前の人間もこの国の宰相を務めていた。
シンは名家の生まれであり、彼の家の人間は必ずや王国に仕えていた。そして彼の家の殆どの人間が宰相や大臣のような高い位に就き、何百年も国を支え続けてきた功臣として語り継がれる。
先祖と同じようにシンも成人年齢を迎えるとこの国に仕え、瞬く間に出世して30才を迎える時には宰相の座に付いていた。歴史上でも彼以外に30才という若さで宰相に就いた人間はおらず、シンは歴代の最年少で宰相に上り詰めた優秀な人物だと皆に尊敬を集める。
無論、彼が30才という年齢でここまで上り詰めるために努力を怠らず、国のために尽くしてきた事は事実だが、彼の家系の人間の殆どが宰相出会った事も関与している。彼が宰相に就く前は父親が宰相を務めており、その座を譲り渡した事もあって宰相に早く就けた。そのため、一部の人間からは不評を買う。
シンが宰相になれたのは親の力であり、本当に彼が宰相の座に相応しい人物なのか疑う人物も最初の内は多かった。しかし、そんな周囲の評判など気にせずにシンは宰相としての務めを果たし、遂には数年が経過した頃は彼は誰もが信頼する宰相へとなっていた。
――しかし、この時からシンの周りでは不可解な出来事が起きていた。それは彼が宰相になる事を反対した貴族や大臣が謎の事故死を繰り返し、結局は彼が宰相になる事を文句を告げる者がいなくなっていたのだ。
シンが間違いなく宰相を務める器を持っていた事は間違いないが、ほんの数年程度で彼が宰相に就いた事に不満を告げる人間が一人も居なくなった。正確に言えば彼を認めない人間は次々と事故で亡くなり、不審な死を遂げていた。
そんな彼をバッシュが怪しむようになったのはイチノに取り残されたリノが魔物の大群に襲われ、国王が援軍として飛行船を派遣する際に彼は不審な行動を取っていた。バッシュはイチノへ派遣される討伐隊に参加する事を反対したのは彼である。
『ここに残れだと……妹を見捨てろというのか?』
『リノ王女様を心配するお気持ちは分かります。しかし、貴方はいずれこの国の王なられる御方……どうかお考え直し下さい。それに王子までいなくなればこの王都の守護も疎かになってしまいます』
『くっ……!!』
『……バッシュよ。シンの言う通りじゃ、ここはシンの言う事を聞け』
当初はバッシュも妹の危機を知って助けに向かおうとしたが、宰相はそれを断固として拒否した。理由はこの国の将来を背負う立場のバッシュを無暗に危険晒すわけにはいかず、彼には国のために留まるように進言した。
宰相としての立場であれば別に彼の言う事は怪しくはなく、バッシュは次期国王として指名された人間であり、確かに妹の危機であろうが魔物の大群が集る危険地帯に送り込むわけには行かない。だから彼も宰相の言葉には渋々と従い、自分の配下である黒狼騎士団だけでも向かわせた。
しかし、イチノから飛行船が戻って来た時にバッシュはドリスからイチノに向かう際中に船を爆破させようとした侵入者が存在した事、そして空賊に襲われたという話を聞いて疑問を抱く。
『空賊が飛行船を襲っただと?』
『ええっ……しかも、空賊を捕えた後に主犯者は自決しましたわ。まるで情報を漏らさないように死んだと思われます』
『空賊が自決だと……』
ドリスの報告を受けてバッシュは疑問を抱き、基本的には賊の類は命の危機に晒されれば自分の命惜しさに命乞いを行う。だが、襲撃を仕掛けた空賊の頭は自決し、その彼の配下から聞き出した情報によると空賊の頭は事前に飛行船が訪れる事を予測し、襲撃の計画を立てていたという。
『何故、空賊はイチノから飛行船を派遣される事を知っていた?』
『捕まえた空賊によれば彼等の頭目は事前に飛行船の襲撃計画を練っていた事から誰かから情報を聞き出していたとしか考えられません』
『情報が漏れていたという事か……だが、飛行船がどんな経路で移動するのか分からなければ襲撃など不可能だろう』
王都からイチノへ向かう際、飛行船はどのような経路で移動するのかは事前に知らなければ空賊も襲う事は出来ない。高速移動を行う飛行船を襲うには正確に飛行船がどのような経路で進むのかを事前に把握し、待ち伏せしなければならない。
飛行船の経路に関しては全体の指揮を任されているアッシュと操縦役のハマーンが相談し、移動を行う。つまり、二人の命令を受ける人間しか知りえない。そして考えられる事があるとすれば船内に事前に空賊に繋がる人間が存在し、その人物が何らかの方法で空賊に連絡していたとしか考えられない。
飛行船内部の人間がどのような方法で空賊に連絡を伝えたのかは不明だが、バッシュはこの話を聞いた時から王国内部に賊と繋がる輩が居ると判断した。
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