第689話 生きる事から逃げるな

「ここにいる人達を見てきたでしょう?彼等だってこんな物がなければ従ったりはしないわ。暗殺者の人たちの中には人を殺す事を嫌に思う人も少なからずいるわ。でも、従わなければ自分達が殺される……彼等だって被害者と言えるわ」

「そんな……」

「でも、さっきも言ったけど決して同情しては駄目よ。彼等だって自分達が生きるためにもう何人もの命を奪っているの。命を奪おうとする人間を相手に躊躇してはだめ、仮に相手を死なせたとしても……きっと死んだ人も自分が殺される事を覚悟しているはずよ」

「確かにな……そうでもなければあんな毒を飲んで襲い掛かるはずがない」



白面の暗殺者は事前に毒を飲用してから任務に挑む。これは決死の覚悟がなければ出来ない行為であり、そもそも死を覚悟した相手程に恐ろしい存在はいない。



「何度も言うけど、貴方達も彼等と戦う時は躊躇しては駄目よ。さあ、もう行きなさい……ここは私が管理を任されているとはいえ、定期的に私が作業をしているのか見に来るの。こんな場所を見つかったらもう後戻りは出来ないわ」

「ヒメ、俺は……!!」

「大丈夫、あなたはもう自由よ……私に拘らずにあなたは一人で自由に生きて」



涙を流しながらゴエモンは立ち上がり、ヒメを抱きしめる。そんな彼にヒメは身体を預け、死ぬ前に彼に出会えた事だけは感謝するが、心残りはなくなったとばかりに彼女は覚悟を決める。



「行きなさい、そして必ずこんな酷い事をする奴等を許さないで……私が死んでもあなたは生き延びて、そうすれば私は満足よ」

「ヒメ……俺は」

「……ざけるな」

「えっ?」



ゴエモンが何かを言う前に顔を伏せていたナイが口を挟み、彼の言葉にヒメも他の者達も顔を向けると、ナイは今までに見たことないほどに迫力を放つ。



「罪を償わなければならない?それは……自分が死ぬ事で償える?本当にそう思っているのか……?」

「ナ、ナイ君?」

「ど、どうしたの……?」

「ぷるぷるっ……」



ナイの呟きは他の人間に語り掛けるというよりは自分自身に問いかけているようにも聞こえ、ゴエモンとヒメは戸惑いながらもナイを見つめると、彼は告げた。



「ヒメ、さんでいいですか?貴方は……生きる事をただ諦めただけじゃないですか」

「えっ……」

「さっきの話だと、別にヒメさんがここで死ぬ理由にはならないですよね……この植物園を燃やした後、ここを脱出した後はゴエモンさんと一緒に生きていく事も出来るはずです」

「だ、だからそれは……解毒薬が作れなければ私は一か月も……」

「それでも愛する人と一緒に生きられるじゃないですか……僅かな時間とはいえ、死ぬときまで一緒に共に過ごす事だって出来るんですよ。それなのにどうして諦めるんですか」

「お前……」



ゴエモンはナイの言葉を聞いてヒメを見つめ返し、確かにこの場所でヒメが死ぬ理由もない。彼女は逃げ出したとしてもいずれ死ぬ運命ならばここで自分も他の人間を巻き添えにして死ぬ事で罪を償うというが、それは本当に正しい事なのかとナイは疑問を抱く。


ヒメがここに残ろうと残るまいと同じ結果であり、本当にゴエモンを愛しているのならば共に抜け出して生きる事も出来る。それに一か月の間に解毒薬が出来ないとも限らず、このまま彼と生きられる希望も僅かながらに残っていた。


その希望を捨ててまで彼女がここに残って死ぬ事がナイは正しい行為だとはとても思えず、彼女は死のうとしているのは自分が作り出した植物のせいで多くの人々に迷惑をかけた罪悪感のせいだと指摘する。



「ヒメさんはきっとこう思ってますよね、貴女は自分の作った植物のせいで人が死んだ……だから自分が罪を償うために死ななければならないと」

「そ、それは……」

「そんなの間違ってますよ。ヒメさんにこんな場所で植物を育てるように強制させたのは誰ですか?ここにいる人達が人殺しを強要しているのは誰ですか?そんなの、白面を従える誰かに決まってるでしょう」

「で、でも……私のせいでどれだけの人が……!!」

「貴方は生きる事から逃げているだけだ!!」



ナイはヒメに対して怒鳴り付け、その彼の気迫と言葉に彼女は何も言い返せず、ナイはヒメが本当は生き延びたいこと、そしてゴエモンと一緒に生きて居たい事を見抜き、彼女の代わりに覚悟を決めた。



「貴方が諦めようと、僕は諦めたりしません……ゴエモンさん、それにリーナとモモとプルリン……ここに残ってヒメさんを守ってて」

「おい、何を……」

「ナイ君!?」

「ど、どうするつもり!?」

「ぷるぷるっ!?」



全員に一方的にナイはこの場所に残ってヒメを守る事を告げると、ここで彼は出入口の扉の方へ向かい、扉を潜り抜ける前に一言だけ告げた。




「――大暴れしてくるだけだよ」




その表情を言葉を聞いた者達は唖然とするしかなく、ナイは扉を開くとまずは調合室へと向かった――

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