第688話 運命には逆らない

「ふ、ふざけるな!!こんな時にそんな冗談なんか……」

「冗談なんかじゃないわ……私はここで彼等と共に死んで罪を償います」

「そ、そんな……」

「そんな事は駄目だよ!!」

「そ、そうだよ!!きっと他に方法があるはずだよ!!」



ナイ達もヒメの言葉に納得できるはずがなく、彼女を止めようとした。だが、彼女は髑髏を見せつけ、自分は逃げたとしてもいずれ死ぬ事を伝える。



「いいえ、無理よ。この髑髏が私の身体を蝕む限り、師から逃げ切る事は出来ないの……なら、それならいっその事ここを壊して私も死ぬわ。この場所さえなくなれば彼等も解毒薬を生成できない」

「ちょっと待ってください、どういう事ですか!?さっきは解毒薬は別の場所で製造されているって……」

「ええ、確かにそう言ったわ。でもね、解毒薬の製造に必要な素材は実はこの場所で作り出されているの。それがあれよ」

「あれって……」



ヒメは植物園の一番端の方に生えている植物を指差すと、その植物だけは隔離されたように他の植物から切り離されており、花壇のあちこちに光り輝く魔石が設置されていた。


光り輝く魔石を見てナイはすぐに名前を思い出す。それは「光石」と呼ばれる文字通りに常に光輝く聖属性の魔石の一種であり、主に光を生み出す魔道具の素材としてよく利用される代物だった。しかも市販で販売されている光石よりも輝きが強く、そんな物を幾つも花壇に設置して取り囲んでいた。



「あれは月光華と呼ばれる特別な薬草で、ああして光石を浴びせ続けないと成長しない代物なの」

「月光華!?確か、薬草の中でも希少な代物で満月草よりも凄く高い回復効果があるとか……」

「そうよ。どうやら私が調べたところ、この髑髏の毒を抑える際に利用されている薬の素材の一つがあの月光華だと判明したわ」

「何だと……!?」



この場所でずっと暮らしていたヒメは彼女なりに白面の内情を調べた結果、この場所で製造されている月光華が髑髏の毒を抑える薬の素材だと見抜き、もしもここで月光華が無くなれば別の場所で製造している毒の抑制効果を齎す薬は作り出せないという。


あくまでもここで育成されている月光華は薬の素材の一つにしか過ぎず、これだけでは薬の生成は出来ないらしいが、月光華は滅多に手に入る代物ではない。だからここで月光華を全て燃やせば白面はもう薬を作り出せず、白面の暗殺者の毒を抑える薬がなければいずれ彼等は毒が身体に回って死んでしまう。



「私は取り返しのつかない罪を犯した。だから、ここで死んで罪を償うしかないの……」

「ふざけるな!!他に……他に方法があるはずだ!!」

「いいえ、そんなものはないわ。死ぬ前にあなたに会えない事だけが気がかりだった……でも、これで心残りは無いわ」

「ふ、ふざけるな……俺がお前と会うために何処まで苦労したと思って……!!」

「ありがとう、あなた……いつまでも愛しているわ。例え、死んだとしても……」



ゴエモンはヒメを抱きしめたまま話さず、そんな彼にヒメは涙を流しながら抱きしめ返す。その様子を見ていたナイ達はこれからどうするべきか悩む。



「ね、ねえ……どうしたらいいの?」

「そ、そんな事を言われても……」

「ぷるぷるっ……」

「…………」



このままではヒメは植物園を焼き払い、他の者達を巻き込んで死ぬつもりだった。仮にそれを実行すれば白面の暗殺者に打ち込まれた毒を抑制する薬は作り出せず、白面という脅威はいずれ消えてしまう可能性もあった。


しかし、この場所以外で月光華が育成されている可能性も残っており、そもそも白面の規模が未だに掴めていない。ここでヒメを犠牲にする事が正しい事なのかと全員が思い悩む中、ナイはゴエモンに問う。



「ゴエモンさん、どうするんですか?」

「……黙れ!!俺は、諦めない……お前を連れてここを抜け出す!!その後に解毒薬を作り出してお前を救ってみせる!!」

「無理よ、この毒には解毒薬なんてないわ。毒の進行を抑える薬だって製造方法も分からないし、そもそも素材も足りないわ……月光華だけでは薬は作れないの」

「なら、奴らを脅して薬の製造方法を吐き出させればいい!!」

「それも無理よ、ここにいる研究者も製造方法は知らないはずよ。彼等も密かに解毒薬を生成しようと秘密裏に研究しているけど、成果はないわ」

「えっ……あの人たち、解毒薬を作ろうとしてたの?」



ナイ達は先ほど調合室にて実験を行っていた者達を思い返し、彼等もヒメと同じような立場の人間らしく、薬の製造を任されていた。ヒメによると彼等も毒のせいで逃げられずに研究を手伝わされているだけに過ぎず、秘密裏に自分達の毒の解毒薬の生成に励んでいるらしい。



「ええ、あの人たちも私と同じように捕まった人間よ。全員が医者か薬師で、誘拐されてここへ連れてこられたの」

「どうしてそんな事を……」

「何でも獣人族の人たちだと人間よりも聴覚や嗅覚が優れているから、薬の調合の時はかなり苦痛を感じるらしいわ」

「あ、それ分かるかも……あの部屋、薬臭くて嫌だったもん」



ヒメの言葉にモモは頷き、確かに人間であるナイ達も調合室は薬臭く感じられ、獣人族の場合は人間以上に苦痛を感じるの無理はない環境だった。

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