第624話 深淵の森

――夕方を迎えた頃、ナイ達は目的地である深淵の森の出入口に到着する。深淵の森は王国の領地内に存在する森の中でも危険度が高い魔物が生息しており、一般人は立ち寄る事も許されない危険区域に指定されている。


冒険者ギルドの冒険者の間では深淵の森の奥地に魔樹が生息するという噂があり、実際にこの森には高階級の冒険者が何度か立ち寄っているらしいので信憑性は高い。だが、今から夜を迎える森の中を進むのは危険過ぎるという理由でナイ達は森から離れた場所で夜営を行う。



「二人はゆっくりと休んでいて下さい。私が見張りを行いますから……」

「ビャクがいるから見張りは大丈夫だと思いますけど……」

「いえ、念のためです。それに私は老師に鍛えられているので一日ぐらい眠らなくても平気です」

「何かあったらすぐに知らせてくれ……そろそろ肉が焼けそうだぞ」

「ウォンッ!!」



ナイ達は草原に生息していたボアを狩り、丸焼きにして夕食を取る。丸々と肥え太ったボアの肉を焼き、それをゴンザレスとビャクは美味しそうに嚙り付く。ナイも一緒に食べる中、エルマは注意深く森の様子を伺う。



「深淵の森……あまり良い思い出はありませんね」

「え?エルマさんは深淵の森に入った事があるんですか?」

「聖女騎士団に所属している時に私達の追っていた盗賊がこの森に逃げ込みました。その時は森の奥地まで移動する事はありませんでしたが、散々な目に遭いました」

「どんな目に遭ったんだ?」



ゴンザレスの質問にエルマは考え込み、彼女は見張りを継続しながら自分が知っている深淵の森の情報を明かす。



「深淵の森は奥地に進むほどに危険度の高い魔物と遭遇する可能性があります。私達が出向いた時には森の中にはオークと遭遇しました」

「オーク……オークというとあの?」

「王国にも生息していたのか?俺の国ではよく見かける魔物だが……」



オークという単語を聞いてナイとゴンザレスは驚き、王国ではオークと呼ばれる魔物は実はあまり見かけられない。オークは基本的にはゴンザレスの故国の巨人国や獣人国に生息する魔獣種であり、ナイも子供の頃に故郷の近くに存在する山でしか見かけたことがない。


王国ナイでオークが存在する地域はナイが暮らしていた辺境の地や、獣人国と巨人国の国境付近でしか確認されておらず、他の地域ではオークは見かけない。しかもエルマが聖女騎士団に所属していた時代はまだ世界異変が起きる前の話であり、魔物も滅多に見かけない時代のはずだが、深淵の森にて彼女はオークと接触したらしい。



「当時の私は魔物との戦闘は初めてではありませんでしたが、他の団員はオークと接触したのは初めての出来事で上手く対応できず、結局は撤退を余儀なくされました。しかも追っていた盗賊はオークに殺され、捕まえる事も出来ずに逃げかえる結果に……」

「何!?オークとはそれほど凶悪な魔物なのか?」

「平地での戦闘ならば負ける事はなかったでしょう。しかし、周囲を木々に覆われた森の中での戦闘に慣れていなかった事もあり、もしも撤退していなけれ全滅していたでしょう。しかも世界異変の後ならば今よりも深淵の森にはオークや他の魔物も増えているはず……油断しないでください」

「は、はい……」

「……暗くなってきた、少し早いがもう寝よう」

「ウォンッ……」



ゴンザレスの言葉にナイは頷き、エルマには悪いと思いながらも見張りは彼女に任せてナイ達は就寝する。深淵の森に出向くのは夜明けを迎えた時であり、ナイ達は身体を休ませた――






――それからしらばく時間が経過しない内に見張り役を行っていたエルマは目を見開き、ビャクも鼻を引くつかせる。即座にエルマは弓を構えてビャクは眠っているナイとゴンザレスに警告するように鳴き声を上げる。



「ウォオオンッ!!」

「ぬおっ!?」

「うわっ!?」

「敵です!!戦闘準備を!!」



エルマの言葉にナイとゴンザレスは慌てて装備を身に付けると、森の奥の方から2メートルを軽く超える巨体の魔物が出現した。その姿を最初に見た人間は熊と見間違えるかもしれないが、正体は熊ではなく、猪と人間が合わさったような容姿の魔物だった



「オークです!!数は……推定20匹!!」

『プギィイイイッ!!』



深淵の森から出現したオークの群れはナイ達に目掛けて駆け出し、その動きは見かけに反して素早く、しかも1体1体がナイが子供の頃に遭遇したオークよりも大きい。


ナイが暮らしていた山に生息していたオークはゴブリンの増殖するにつれて姿を消し、恐らくはゴブリキングやホブゴブリンに全滅させられたと考えられる。しかし、通常はオークはゴブリンよりも凶悪な種として認識され、20体近くのオークが襲い掛かってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る