閑話 〈ネズミとのお別れ〉

――イゾウが死亡した翌日、とある酒場にてテンはネズミと共に酒を飲んでいた。こうして二人だけで一緒にいる時間は随分と久しぶりであり、酒を交わす事は初めてだった。



「……そうか、あんたはやっぱり王都から出ていくのかい」

「まあ、それしかないね。ここに残っていたら命が幾つあっても足りないよ……イゾウが死んだ件はもうシャドウに知られているし、次はあたしがあいつに狙われるかもね」

「大丈夫なのかい、あんた……」

「死にはしないさ、逃げる事は昔から得意だったからね」

「ああ、そうだね……」



テンはネズミの言葉を聞いて苦笑いを浮かべ、今度こそ本当の別れの時が来たことを知る。王都の裏社会を牛耳る闇ギルド、その闇ギルドでさえも恐れる存在「シャドウ」その相棒であるイゾウが死ぬ切っ掛けを作ったのはネズミのせいだと言えなくもない。


イゾウはシャドウからすれば優秀な駒にしか過ぎないが、それでも彼を死なせる原因を作ったネズミをシャドウが快く思うはずがない。ネズミは今日中に王都を抜け出し、別の街で生きていく事にした。



「あたしが王国騎士だったらあんたを捕まえて安全な監獄に送ってやれたんだけどね……」

「はっ、そんなのは御免だよ。仮に捕まってもあんな監獄なんか1日で抜け出してやるね」

「けど、あそこならシャドウに狙われる事もないんじゃないかい?」

「甘いね、シャドウを舐めるんじゃないよ……あの王妃が死んだ理由もあいつが関わっている」

「…………」

「その顔、やっぱり薄々と気づいていたんだね」



王妃に死にシャドウが関わっていると言われてもテンが何も言わない事に対し、ネズミは彼女が王妃の死んだ理由が病ではない事に気付いている事を指摘した。



「一つ、教えてくれるかい?王妃様を殺したのは……シャドウなのかい?」

「残念だけど、その情報はあたしも知らないんだよ。あんまりにもやばすぎるからね……けど、王妃が死んだときはまだイゾウはいなかったはずだよ。あの時はまだシャドウには別の相棒がいたはず……」

「誰だい、そいつは?」

「名前は……リョフ、そう呼ばれていたよ」

「リョフ……!?馬鹿な、あいつが!?」



リョフという言葉にテンは反応し、彼女も良く知る名前だった。まだ聖女騎士団が健在だったころ、黄金冒険者として名をはせていた人間である。そのリョフが裏でシャドウと繋がっていた事にテンは動揺を隠せない。



「リョフは表向きは冒険者として活動していたが、シャドウと繋がっていたのは間違いないよ。けど、王妃が死んで以降はあいつも居なくなっただろう?」

「言われてみれば……確かにあいつも王妃様が死んでから名前も聞かなくなったけど、まさかリョフが王妃様を……!?」

「確証はないよ、だけどシャドウの相棒を務めていたリョフはいなくなったのは確かさ。これ以上にあたしが知っている情報はないよ……それじゃあ、そろそろ行かせてもらうかね」

「……もう行くのかい?」

「ああ……まあ、元気でやりな。馬鹿娘」



ネズミはテンの頭に手を伸ばし、その行為にテンは驚くが、彼女が子供の頃はテンと喧嘩したり、彼女を褒める時はこうして頭に手を置いて宥めていた。



「もう二度と会う事はないだろうけど……あたしより先に死ぬんじゃないよ」

「……あんたもせいぜい長生きしなよ、親馬鹿」

「それ、意味が違うんじゃないかい?まあっ……頑張って長生きはしてみせるさ」



そういうとネズミはテンの頭から手を離し、ゆっくりと立ち去る。その後姿をテンは見えなくなるまで見送り、そして彼女は酒場から出て行った――






――酒場から抜け出した後、ネズミは路地裏へと移動し、彼女はパイプを取り出す。それを口に含むと、不意に火を点ける前に気配を感じ取る。



「何だ、もう来たのかい……せめて一服ぐらいさせてくれよ」

『……ネズミ』



ネズミは振り返ると、そこにはシャドウが立っていた。足音も立てずに突如として現れた彼に対し、ネズミは笑顔を浮かべた――




※次回からは過去編が続きます。物語の重要な話になりますのでお楽しみください。

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