第590話 アッシュの激怒

――同時刻、アッシュの屋敷では険しい表情を浮かべた彼が椅子に座り込み、その彼の前には兵士達が並んでいた。彼等全員の顔色が悪く、隊長の男が報告を行う。



「ほ、本日も市内を隈なく探しましたが……脱走した魔物は発見できませんでした!!」

「……手がかりすらも見つかっていないのか?」

「は、はい……」

「ふざけるなっ!!」



アッシュは怒鳴りつけると兵士達は身体を震わせるが、彼の怒りは兵士達に対してではなく、闘技場から逃げ出した魔物に対しての怒りであった。


先日、闘技場で管理していた1体の魔物が脱走したという報告がアッシュの元に届いた。闘技場では常に魔物の管理を気を付ける様に注意していたにも関わらず、その魔物は兵士達を打ち倒し、市中へと逃げ出す。




――脱走した魔物は先日に捕獲に成功した「ゴブリン亜種」であり、山奥の要塞にて檻の中に閉じ込められていたゴブリンだった。アッシュはイチノから帰還する際、ゴブリン亜種を一緒に連れて生態を調べるために闘技場へ管理を任せていた。




しかし、数日程前にゴブリン亜種は兵士の隙を突いて脱走し、未だに見つかっていない。不思議な事に魔物が街中に逃げ出せば騒ぎが起きてもおかしくはないのだが、一向にゴブリン亜種による被害は確認されていなかった。


逃走したゴブリン亜種は人間を襲いもせず、今尚も街中に潜伏している可能性が高い。だが、普通に考えれば人間を敵視する魔物が大人しく街に隠れる理由がない。



「もう一度城下町を調べ直して来い!!奴に繋がる手がかりを掴むまでは戻る事は許さんぞ!!」

『はっ!!』



城下町の警備兵はアッシュの命令に従い、慌てて部屋を抜け出す。そんな彼等を見てアッシュは腕を組み、考え込む。逃げ出したゴブリン亜種は何としても捕まえねばならず、出来れば生け捕りが望ましいが住民に被害を出す様ならば最悪の場合は殺すしかない。



「おのれ……絶対に逃さんぞ」



必ずやゴブリン亜種を捕まえるためにアッシュは立ち上がり、他の騎士団の要請を行う事にした――






――その頃、ハマーンから冒険者の仕事の代理を引き受けたナイはビャクと共に草原を歩いていた。前の時も二人でハマーンからの依頼を引き受けたが、前回の時と違って草原には魔物の姿がよく見かけるようになった。



「へえっ……前の時は殆ど魔物を見かけなかったのに本当に戻ってきてる。火竜がいなくなって平和になったから住処に戻って来たのかな?」

「クゥ〜ンッ」



草原には一角兎やボアなどの魔物がちらほらと見られるようになり、グマグ火山に生息していた火竜が死んだ影響か、魔物達が元の住処に戻り始めていた。この様子ならば一週間ほどすれば元の状態へと戻るだろう。



「ビャク、何か変わった臭いは感じる?」

「スンスンッ……」



ナイはハマーンの依頼である王都の外に現れたという「ゴブリン」の捜索を行うため、ビャクを連れ出した。彼の嗅覚ならばゴブリンの臭いをかぎ取り、その場所まで案内してくれると思ったからこそ連れてきたのだが、今の所は特にゴブリンらしき気配はない。


少し前まではゴブリンも王都の外で見かけたが、火竜の影響かそのゴブリンも見かけられなくなり、もしも今の状態でゴブリンの臭いを嗅ぎつける事に成功すればそれは依頼に記された得体の知れないゴブリンの可能性が高い。



(全身が魔獣のように毛皮に覆われた魔物か……まさかね)



羊皮紙に記されている魔物の特徴を見てナイは先日に自分の故郷で遭遇したゴブリン亜種を思い出すが、ただの偶然だと思った。王都からイチノは飛行船で移動しても3日はかかる距離に存在し、こんな場所にゴブリン亜種が現れるはずがない。


しかし、羊皮紙に記されているゴブリンの特徴が故郷で発見したゴブリン亜種と全く同じである事にナイは気にかかり、用心しながら先を進む。



「ビャク、何か感じたらすぐに教えるんだぞ」

「ウォンッ」



ビャクはナイを背中に乗せて草原を移動し、怪しい臭いがないのかを嗅ぎ分けながら移動を行う。すると、彼は何か感じ取ったのか鼻を引くつかせ、移動を行う。



「クゥ〜ンッ」

「どうした、ビャク?何か見つけたの?」

「ウォンッ!!」



ナイの言葉にビャクは頷き、遂にゴブリンの臭いを感じったのかと思ったナイだが、彼は移動した場所は以前にも立ち寄った事がある川だった。



「あれ、ここって前にも来た……何かあるのか?」

「スンスンッ……」



ビャクは川岸の傍に落ちている大きめの石に近付き、じっくりと嗅ぐ。何をしているのかと思ったナイだが、唐突にビャクは石を舐める。



「ペロペロ……」

「ちょ、どうしたのビャク?」

『ぷるるんっ……』

「うわっ!?」



石を舐め始めたビャクにナイは驚くが、この時に石だと思われていた物体が唐突に震え始め、やがて徐々に変色して青色の生物へと変化した。

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