第567話 犬笛の効果

「えっと……こう吹けばいいのかな?」



ナイは犬笛を取り出して吹いてみるが、特にナイ自身は音のような物は聞こえない。だが、通行人の中には獣人族も存在し、彼等は何かが聞こえたの周囲を振り返る。



「ん?何だ?」

「今、何か聞こえたような……気のせいか」



どうやら犬笛は聴覚が鋭い獣人族にも聞こえるらしいが、彼等はナイが笛を吹いた事には気づいている様子はない。人間であるナイの耳には音が鳴ったのかも分からなかったが、彼等の反応から察するにちゃんと犬笛を吹く事は出来たらしい。


しばらくの間は待っていると、不意にナイの足元に石ころが転がってきた。不思議に思ったナイは石ころを拾い上げると、転がってきた方向に視線を向ける。そこには路地裏の方で手招きするクノの姿が存在した。



「ナイ殿、こちらでござる」

「クノさん、それにクロ君も……本当に来てくれたんだね」

「クゥ〜ンッ」



ナイは二人の元に向かうと、すぐにクロが嬉しそうにナイにじゃれつき、最初に出会た頃は警戒されていたが今はすっかり懐いてた。クロを見ていると昔のビャクを思い出し、懐かしく思う。



「よしよし、クロ君も相変わらず元気そうだね」

「ウォンッ」

「それよりもナイ殿、拙者の事はクノと呼び捨てで構わないでござる。こう見えても拙者は15才でござる」

「え、そうだったの?」



クノはナイと1才違いであり、今度からは呼び捨てで構わない事を告げる。ナイはクノとクロを呼び出した理由を手短に伝える。



「……という事で、向かい側の酒場の事を調べてほしいんだ。情報料はちゃんと払うから、お願いできる?」

「なるほど、そういう事でござるか。そういう事なら拙者に任せてほしいでござる。しかし……」

「しかし?」

「いや、何でもないでござる……と言っても、今回の調査は拙者だけで十分でござるな。クロは先に兄者の所に帰っていていいでござる」

「ウォンッ?」



クノはその場で羊皮紙を取り出し、文章を記すとクロの首に繋がれている首輪の鞄に羊皮紙を入れる。彼女はクロの頭を撫でやり、耳元に何事か囁く。



「兄者に任せたでござるよ」

「ウォンッ!!」

「あっ……行っちゃった」



主人の命令にクロは頷き、そのまま路地裏を駆け抜けて姿を消す。その様子を見届けるとクノは向かい側の酒場に視線を向け、調査に向かう事を伝える。



「それでは拙者は行ってくるでござる。ナイ殿もお気をつけて……」

「うん、頼んだよ……ん?」



去り際のクノの言葉にナイは違和感を覚えたが、そのまま彼女は向かい側の酒場に向かい、客を装って中に入って行った――






――それから時刻は夕方を迎えると、クロネは早めに酒場を閉めてナイ達のために夕食まで用意してくれた。今現在の白猫酒場は客が一番入る時間帯の夜も営業出来ず、材料も残り少ないという。



「ふうっ……この調子だと、あと一週間も持つか分からないわね」

「大丈夫ですよ、私達の店は一週間以内に完成するはずですから」

「そういえばすっかり忘れてたよ〜もうすぐ出来るんだよね、新しい宿屋が……じゃあ、宿屋が出来たら今度はそこで皆と一緒に暮らす事になるのかな?」



白猫亭はナイが宿泊していた時に泥棒に何度も入られた事により、客の安全を守るという理由でテンは改築を決意した。白猫亭は元々は古い建物で初見の人間は外観を見ただけで廃墟と見間違う事も珍しくはない。


どうしてテンが長い間、改築をしなかったというと彼女は白猫亭の建物に前の主人の思い出があるため、その建物を壊したり、改造するような真似はしたくなかった。しかし、アルトに宿の主人ならば客の安全を守る事が第一に考えるべきだと諭され、改築に踏み切った。


今の所はテンは聖女騎士団の団長としての仕事で忙しいため、ヒナが代理という形で彼女の代わりに店の経営を任されている。ちなみに地下に本格的な酒場を作り出す事を提案したのもヒナである。



「元々、うちの宿屋はテンさんの料理目当てのお客さんだけで経営していたから、地下に酒場が出来たと知れば他の人たちも喜ぶわよ。何だったら酔いつぶれた客はうちの宿に泊ればいいんだからね」

「流石はヒナちゃん!!でも、テンさんがいないのに私達だけで料理を作れるかな?それに他の仕事もいっぱいあるし……」

「大丈夫よ、実は聖女騎士団の人たちにも相談して宿屋を手伝ってくれそうな人たちを声を掛けて貰ったの。そのお陰でうちで働きたいという若い娘も結構いるのよ。それに聖女騎士団の人たちも定期的に顔を見せてくれるそうだから悪党だって寄り付かないわ」

「へえ〜凄いね〜!!」

「それにうちにはナイ君がいるのよ。どんな悪党だろうとナイ君が居ればかないっこないわよ、ね?」

「え?あ、うん……そうだね」



ヒナの言葉にナイは反射的に頷いたが、正確に言えばナイは宿屋の客であって別にテンの宿屋の従業員ではない。だが、他にやりたい仕事があるわけでもないため、ナイは宿屋の従業員も悪くないかと考える――

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