第566話 新しい酒場への勧誘

「ここは人通りが多いから、少し前まではお客さんもよく来てたの。けど、向かい側に急に新しい酒場が出来てお客さんも減って、しかも材料も仕入れる商会さんも契約を打ち切られたせいで今は倉庫に残っている材料だけで営業しているけど……この調子だと今週で締める事になるかもしれないわ」

「そんな……」

「うちで働いていた子も殆ど向かい側の酒場に引き抜きされちゃって……今も働いているのは私ともう一人の従業員だけなの」

「じゃあ、本当にここは締まっちゃうんですか?」

「ええ、残念だけどね……でも、実はこの店を買い取りたいという人がいるの。その人に売れば少なくとも生活に困る事はないんだけど……」

「でも、クロネさんはこの店を売りたくはないんでしょう?」



ヒナの言葉にクロネは黙り込み、彼女にとってもこの店は色々と思い出がある大切な場所だった。クロネの夫はもう他界しており、この店は彼女と夫が作った大切な店だという。



「この店は私が夫と一緒にお金を稼いで作った店なの。夫はもう大分前に病気でなくなったけど……この店に居る間はいつも夫が側にいる様で安心できるの」

「クロネさん……」

「でも、このままだと酒場は経営できないし、仕方ないけど諦めるしかないわね」

「諦める必要なんかないわ!!」

「えっ……?」



クロネの話を聞き終えたヒナは立ち上がると、彼女はクロネの腕を掴み、瞳に炎を宿しながら彼女に告げた。



「クロネさん、貴女の料理の腕を見込んでお願いしたいことがあります!!どうか、うちの新しい店で働いてみませんか!?」

「えっ!?」

「ヒナちゃん、それってまさか……!!」

「ええ、クロネさんをうちの店で働かせてもらうわ!!そうすればこんな嫌がらせを受けずに済むし、店をたたまずに済むわ!!」

「ええっ!?」



ヒナの言葉に全員が驚き、彼女はクロネに事情を説明する。現在のヒナはテンの代理として白猫亭を任されており、彼女は改装中の白猫亭の地下に新しい酒場を作り出す事を話す。



「実は私、今は白猫亭の店主代理を任されているの。それでうちの店の地下に本格的な酒場を経営しようと考えているの」

「そ、そうだったの?でも、私はこの酒場を捨てるつもりは……」

「大丈夫、この酒場は潰さずに残しておけばいいわ。その代わりに白猫亭の新しい酒場にクロネさんが住み込みで働いてもらう。言ってみれば白猫亭と黒猫酒場の共同経営よ!!」

「共同経営……でも、私が入ると白猫亭に迷惑を掛ける事になるかもしれないわ」

「それは大丈夫よ。天下の聖女騎士団の団長であるテンさんに逆らえる人間なんてそうはいないわ」



テンは現在は聖女騎士団の団長ではあるが、それと同時に白猫亭の店主を務めている。表向きはテンが経営している宿屋(兼酒場)に手を出そうとする輩がいるはずがない。


この王都ではテンの存在は有名であり、彼女の存在は闇ギルドでさえも恐れる程である。表の世界では有力な力を持つ商会だろうとテンが経営する店に手を出すような真似をするはずがなかった。



「クロネさん、どうかうちの酒場に手を貸してください!!材料の仕入れも何とかしてみせるわ!!」

「ほ、本当にいいの?」

「ええ、なんだったら一人でも多くの人手が欲しかったうちとしても助かりますから!!ねえ、モモ?」

「うん!!クロネさんなら大歓迎だよ!!」

「よ〜し……そう言う事なら僕も協力するよ!!知り合いの冒険者の人たちに相談して力を貸してくれそうな商会の人たちを探してくるね!!お父さんにも相談してみるよ!!」



リーナは冒険者の人脈を利用し、脅迫などに屈しない商会を探す事を約束する。冒険者は職業上、貴族や商会の人間と接触する機会が意外と多い。それと彼女の父親は公爵家であるため、味方に付ければこれ以上に心強い存在はいない。



「あの……向かい側の酒場の人たちが嫌がらせを行っているのは確かなんですよね?それなら、知り合いにその手の調査が得意な人を知っているので、その人に相談して証拠を掴むように頼みましょうか?」

「えっ!?もしかして、知り合いに探偵さんがいるの?」

「まあ、そんな感じです」

「それはいいわね、証拠さえ掴めれば怖いものなしだわ!!」

「皆……ごめんなさい、私のために色々としてくれて……」



クロネはナイ達の言葉を聞いて涙を浮かべ、彼女としても本当は大切な店を手放したくなかった事が伺える。こうして黒猫酒場のクロネは一時的に白猫亭にお世話になる事を決め、その前にナイ達は準備をする必要があった。


まずはヒナはクロネと話し合い、白猫亭が再開する日にちとクロネがこの店を一時閉店して何時来られるのかを話し合う。その後、リーナの方は一旦屋敷に戻り、父親のアッシュに相談へ向かう。




――そしてナイは外に出るとクノから受け取った犬笛を利用し、彼女の傍に居るはずのクロを通じて連絡を取ろうとした。犬笛が聞こえる範囲ならば彼女は駆けつけてくると約束したが、使うのは今回が初めてであり、ナイは緊張気味に笛を吹く。

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