第565話 黒猫酒場

「そっちの子は……もしかしてリーナちゃんかい?綺麗になったわね、お母さんに似てきたわ」

「あ、ありがとうございます!!」

「お父さんは元気にしている?小さい頃はよく遊びに来てたのに、ここ数年は二人ともここへ来ないから心配してたわ」

「はい、父も元気です。その、最近までは色々と忙しくて顔を出せなくて……でも、やっと落ち着いたんで今度父も連れてきますね」

「そう、それなら良かったわ」



黒猫酒場の店主はリーナと彼女の父親のアッシュとも顔見知りらしく、結構顔が広いらしい。彼女は4人を座らせると、それぞれにグラスを置いてジュースを注ぐ。



「さあ、飲んで。うちの母親が送ってきた果物を絞って作った特製ジュースよ」

「わあ、いただきま〜す」

「ありがとうございます!!」

「うん、美味しいわ……やっぱり、ここのお店のジュースは格別ね」

「へえっ……本当に美味しい」



出されたジュースを全員が飲んで喜ぶと、それを見た店主は嬉しそうな表情を浮かべる。そして彼女はナイに視線を向け、何者なのかを尋ねた。



「それで……えっと、君は誰だったかしら?もしかしてヒナちゃんの彼氏かしら?」

「ぶふぅっ!?」

「ちょ、いきなり何を言い出すんですか!?」

「そ、そうだよ!!ナイ君はヒナちゃんの彼氏じゃないよ!?」

「そうそう、全然違いますよ!?」



店主の言葉にナイは噴き出してしまい、ヒナは頬を赤らめて首を左右に振り、他の二人も慌てて否定する。その様子を見て店主は何かを察したように笑みを浮かべた。



「あらあら、その反応から察するに二人とももしかして……」

「お〜い、こっちにも酒をくれ〜!!」

「あ、ごめんなさいね。他のお客さんに呼ばれちゃったわ」



店の中にはナイ達以外にも客は数名ほど存在し、他の客の対応に向かう。この時にナイは口元を拭き、一方で他の3人は気まずい表情を浮かべる。


客の対応を終えて店主は戻ってくるとナイはここで店の従業員の数が妙に少ない事に気付き、店主である彼女がわざわざ掃除や客の対応をしていた事に不思議に思う。



「忙しそうですね……人手が足りないんですか?」

「そうなのよね……実は色々とあって働いていた子達が急に減って困っていたの」

「え?何かあったんですか?」

「それがうちの店、近いうちに締める事が決まったの」

「えっ!?ど、どうして!?」



店を閉めるという話を聞いてヒナ達は驚き、ナイもどうして店を閉めるのか気になると、店主は困った表情を浮かべながら事情を説明してくれた。



「うちの店、実は最近になって食材の仕入れをしていた商会が潰れちゃってね。それで別の商会に頼もうと思ったんだけど……どこもすぐに契約を切っちゃうの」

「えっ……どうして?」

「うちの向かい側に新しい酒場が出来ちゃったの。それでどうやら向かい側の酒場の人たちが嫌がらせをしているようで、うちの店と契約を結ぼうとする商会に嫌がらせをしてくるの。だから、何処の店も契約してもすぐに打ち切るの」

「そんな……酷い!!」

「あ、リーナちゃん!?」



話を聞いたリーナは我慢できずに立ち上がり、外に出向いて店の向かい側にある酒場を確認する。確かに黒猫酒場に向き合うように大きな酒場が建てられており、そこには大勢の客が並んでいた。



「あそこの店が……よし、僕が文句を言ってくる!!」

「駄目よ、リーナちゃん!!そんなことをしたら……」

「そうよ、証拠もないのに怒鳴り込んだらクロネさんに迷惑が掛かるわ!!」



リーナは酒場に乗り込もうとするのを慌てて他の者が引き留め、ヒナの言う通りに明確な証拠がないのに店側を非難すれば逆に立場が危うくなる。ここでナイは店主の名前がクロネだと知り、彼女に尋ねる。



「本当に向かいの店が嫌がらせをしてくるんですか?」

「ええ、だって前にうちと契約してくれた商会の人たちが言っていたわ。うちと契約するなら向かい側の酒場の契約を打ち切られるかもしれないからって……」

「何よそれ、じゃあ向かい側の酒場と契約を切られたくないからクロネさんの店を捨てたっていうの?」

「そういわないでヒナちゃん、うちと契約してくれた商会の人たちも仕方がなかったのよ」



話を聞いたヒナも向かい側の酒場のやり方に苛立つが、当のクロネは既に諦めているのか首を振って全員を店の中に戻す。


改めて席に座った4人に対してクロネは料理を用意してくれ、どの料理も白猫亭でテンが作っていた料理に匹敵する程の美味しさだった。これほどの美味しさがあるのであれば店がもっと繁盛してもおかしくはないのだが、向かい側の酒場の嫌がらせのせいで客足は減っていく一方だとクロネは語る。

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