閑話 〈イゾウ〉

「――シャドウ、何時になったらあの女を殺せる」

『ほう、珍しいな……お前がそんな事を言うとはな』



とある廃屋にて闇ギルドに暗殺を依頼されたシャドウは自分の相棒であるイゾウの言葉に顔を上げる。基本的にイゾウは無口な男で滅多な事では口を開く事はない。


だが、先日にルナを仕留めそこなってから彼は不機嫌そうな表情を浮かべるようになり、あの時にルナを仕留める事が出来なかった事に彼は内心不満を抱く。



「既に聖女騎士団は人が集まってきている。奴等も命を狙われている事は知っている以上、迂闊には動かないのは分かっている……だが、何時まで待つつもりだ」

『ふっ……今日は随分とおしゃべりだな』

「ふざけるな、これ以上に放置すれば闇ギルドの連中も……」

『あんな奴等に俺達が負けると思ってるのか?』

「……それはない、が」



シャドウの言葉にイゾウは言い返す事が出来ず、この王都の闇ギルドの中でシャドウとイゾウに手を出せる存在などいない。何しろ彼等こそが王都一の暗殺者であり、彼等に手を出す事は自殺行為に等しい。



『まあ、安心しろ……今は時期を待て、テンの奴を殺すのはもう少し待ってからだ』

「闇ギルドの連中はどうする?」

『放っておけ、あいつらは今は何も出来ない。討伐に派遣されていた奴等どころか、黄金級冒険者も全員勢揃いだからな。こんな時に騒ぎを起こす程、奴等も馬鹿じゃない』

「なら、俺達はずっとこうしてここにいるのか?」

『いや……そろそろ来る頃合いだ』

「来るっ……?」



シャドウの言葉にイゾウは周囲を振り返り、彼は何かに気付いたのか剣を構える。しかし、そんな彼の肩にシャドウは手を伸ばす。



『落ち着け……敵じゃない』

「……何者だ?」

『ただの鼠だ』



イゾウは刀を収めると、建物の瓦礫から灰鼠が姿を現す。灰鼠は手紙を咥えており、怯えた様子で手紙を離す。


灰鼠はそのまま姿を消し去り、それを見たイゾウは眉をしかめながらも手紙を拾い上げると、シャドウに渡す。それに対してシャドウは手紙の内容を確認し、鼻で笑う。



『流石は情報屋だ……高い情報料を払っただけはある』

「何が記されている……?」

『次の標的だ』

「標的……?」



標的という言葉にイゾウは疑問を抱き、シャドウの口ぶりから敵はテンではない事は間違いなかった。しかし、それならば誰を狙うつもりなのかとイゾウは尋ねる前にシャドウは手紙を見せた。



『次の標的はこいつだ』

「何っ……!?」



手紙に記された名前と情報を目にしたイゾウは驚愕の表情を浮かべ、シャドウはイゾウに命じた。



『しくじるなよ……今回はお前ひとりに任せるぞ』

「……ああっ、分かった」



イゾウは手紙を受け取ると、彼はシャドウに背中を向ける。しかし、途中で彼は何かに気付いた様に廃墟の瓦礫に視線を向けると、刀を構える。


彼は音も立てずに刀を引き抜くと、瓦礫に向けて刃を放つ。その直後、瓦礫が切り裂かれると灰鼠の姿が露わになり、慌てて逃げ出す。



「チュチュッ!?」

「……ふん」

『お優しいな……それにしてもあの情報屋も抜け目ないな』



灰鼠を見逃したイゾウにシャドウは笑みを浮かべ、彼は逃げ去っていく灰鼠を見てこの場を離れる事にした。情報屋の灰鼠がこの場に残っていた事を察するに情報屋は闇ギルドとも繋がっており、彼等から自分達の動向を探るように依頼されたのだと見抜く。


面倒ではあるがシャドウも今は闇ギルドの元に赴く余裕はなく、彼はイゾウに仕事を任せて自分は身を隠す事を決めた。



『しくじるなよ』

「……抜かせ」



相棒の言葉にシャドウは笑みを浮かべ、そのまま彼の後ろ姿を見送る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る