第536話 抑えきれない感情

「――どうした!?早く立て、こんな程度で倒れるほど軟になったのか!?」

「……言ってくれるじゃないかい、小娘がっ!!」

「止めろ、二人とも!!」

「ちょ、落ち着いて!?」



時は現代へと戻り、十数年ぶりの再会を果たしたルナは自分の攻撃を受けて地面に倒れたテンに怒鳴りつける。テンは苦痛の表情を浮かべながらも起き上がり、退魔刀を構えるが明らかに身体はふらつていた。


王国騎士の中でもテンは猛虎騎士団のロランを除けば彼女に力で勝る剣士はいない。バッシュも、リノ、ドリスも、リンも、純粋な腕力ならば彼女の足元にも及ばないだろう。


だが、テンの前に立つルナは現役時代の彼女と渡り合い、しかも当時はまだ11才の少女だった。あれから十数年の時を経てルナは成長し、その腕力は完全にテンを越えていた。



「ふんっ!!」

「ぐううっ!?」

「あのテンが……後退った!?」

「そこまでの力を身に着けていたか……!!」



戦斧をルナが振り抜いた瞬間、テンは衝撃に備えて退魔刀を構えるが、あまりの威力に抑えきれずに後退してしまう。一撃を受ける度に身体の骨が軋むほどの衝撃が遅い、テンは冷や汗を流す。



(参ったね、こりゃ……最近は真面目に身体を鍛えていたつもりなんだけどね)



騎士団の再結成のためにテンは鍛錬をやり直し、昔の勘を取り戻し筒は会った。だが、ルナの攻撃は聖女騎士団に所属していた時と比べ物にならず、攻撃を受けるのも精いっぱいだった。


しかもルナの場合は感情に任せて容赦せず、戦斧を何度も叩きつける。テンは退魔刀で受けるのが限界であり、攻撃を受ける度に身体が仰け反ってしまう。



「こんな、力で、お前が……あの人の、代わりになれると思っているのかぁっ!?」

「ぐあっ!?」

「まずい、誰か止めろっ!!」



遂にはルナの攻撃によってテンは退魔刀を弾かれてしまい、それを見ていた他の者達が引き留めようとした。この時に真っ先に動いたのはアリシア、レイラ、ランファンの3人であり、聖女騎士団の中でも当時ではテンに次ぐ実力者達である。


しかし、自分を止めようとした3人に対してルナは無造作に戦斧を振り払い、その際に巨人族のランファンが受け止めようとした。だが、予想以上の力に彼女でさえも完全には防ぎ切れず、他の二人を巻き込んで地面に倒れ込む。



「ぐあっ!?」

「うわっ!?」

「あいたぁっ!?」

「邪魔をするな……うわぁあああっ!!」



ルナは邪魔者の3人を吹き飛ばすと、改めてテンに対して戦斧を振りかざす。その攻撃に対してテンは覚悟を決めた様に両手を伸ばすと、戦斧の柄の部分を掴んで彼女の攻撃を受け止めた。



「ぐううっ!?」

「なっ!?この、離せっ!!」

「いい加減にしないかい、この小娘っ!!」



戦斧を受け止められたルナは驚いてテンから武器を引き剥がそうとしたが、テンは渾身の力を込めて握りしめ、武器を手放さない。その行為にルナは驚き、一方でテンはルナに語り掛けた。



「あんたの事をずっと放っておいて事は悪かったよ……でもね、もうあんただって子供じゃない。外見はともかく、あんたもいい年だろうが!!」

「このっ……」

「もう、死んだ人は戻ってくる事は無いんだよ!!だから、何時までも引きずってんじゃないよ!!どんなに辛くても悲しくても……人は前を向いて生きないといけないんだよ!!」

「くっ……うわぁあああっ!!」

「テン!?」



テンの言葉にルナは一瞬だけ動揺したが、彼女は剛力を発動させると力ずくで武器を掴むテンごと持ち上げ、地面に叩きつけようとした。その光景を見た他の者は駆け出すと、イレーネが下敷きになって彼女が地面に叩きつけられるのは阻止する。



「がはぁっ!?」

「ぐふぅっ!?」

「えっ……あ、イ、イレーネ……どうして?」

「母さん!?ちょっと、何するんすかっ!!」



ルナはテンだけを痛めつけるつもりだったが、テンを庇ったイレーネは地面に叩きつぶされ、血反吐を吐く。その様子を見てエリナは駆け寄り、この際にルナを突き飛ばす。


普通ならばエリナに突き飛ばされてもルナに倒れる事はないが、イレーネを傷つけた事にルナは動揺してしまい、簡単に尻餅をついてしまう。テンもイレーネも気絶しており、すぐにランファンとアリシアが抱き上げた。



「意識を失っている!!すぐに回復薬を飲ませないと……」

「いや、ここは回復魔法で治した方が良い!!誰が、扱える者はいないか!?」

「ちょっと、あんた!!いったい何のつもりですか!?」

「わ、私は……そんなつもりじゃ……」



エリナは自分の母親を傷つけられた事に激高し、ルナに掴みかかる。いつもの彼女ならば反射的にエリナを突き飛ばすが、自分のせいでテンだけではなく、イレーネも巻き込んでしまった事に動揺を隠せず、エリナを振りほどく事が出来なかった。

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