第520話 心眼

――出発までの間、ナイは飛行船の自分が使っている部屋に戻ろうとした時、不意に誰かの視線を感じた気がした。だが、周囲を見渡しても人の姿は見えず、不思議に思う。



(誰か近くにいるのか?いや、この感じ……まさか)



姿は見えないが確かに誰かが近くに居る事を感じ取ったナイは試しに瞼を閉じると、昨夜にガルスを襲われた時を思い返す。


あの時のナイはガルスが仕込んでいた「魔光眼」なる義眼によって目を眩まされ、視界を一時的に封じられた。しかし、その後にナイは視界が見えない状況でガルスの放った短剣を掴み取った時の事を思い出す。



「……クノ、さん?」

「っ……!?」



後ろの方から足音が聞こえ、振り返るとそこには曲がり角の通路から顔を覗き込むクノの姿が存在した。彼女はナイからの位置では死角に立っており、しかも彼女は隠密を発動させて完全に気配を絶っていた。



「ど、どうして拙者が隠れているのに気づいたのでござる?」

「いや、何となくというか……」

「そ、そんな馬鹿な!?今回は完璧に気配を消していたはずでござる!!」



前にナイはシノビとクノが隠れているのを見つけた事はあったが、今回はクノは以前の時よりも完璧に気配を絶っていた。それにも関わらずにナイに気付かれた事にクノは動揺を隠せない。


忍者として誇りを持っているクノとしては自分の存在を勘付いたナイに衝撃を受け、どのような方法でナイは自分に気付いたのかを問い質す。



「気配も足音も立てず、しかもナイ殿からは見えない位置に隠れていた。それなのにどうして気付いたのでござるか!?」

「そう言われても……こう、瞼を閉じたら何となく分かったというか」

「瞼を閉じた?そんな状態でどうして拙者の……いや、まさか!?」



ナイから話を聞いたクノは腕を組み、何かを思い出す様に必死に彼女は考え込むと、昔に兄であるシノビから教わった話を思い出す。



「そうだ、思い出したでござる!!ナイ殿はもしや、心眼を会得しているのでは!?」

「しんがん……?」

「心眼とは言葉の通りに心の目で周囲の状況を把握する高等技術でござる!!目を閉じる事で視覚以外の五感を鋭利に研ぎ澄まし、敵の位置や動作を正確に読み取る技術だときいているでござる!!」




――心眼とは和国の人間の間に伝わる伝説の「技術」であり、これはSPを消費して覚える技能の類ではなく、一流の剣士や忍者でも極一部の人間しか身に着けることが出来なかったと言われる伝説の技術であった。


和国の人間の子孫であるシノビとクノも心眼を会得するには至らず、大昔でも心眼を扱える人間はそうはいなかったと伝わっている。この心眼はSPを消費して覚える技能とは根本的に異なり、鍛錬や修練を積み重ねるだけでは習得できない高等技術だとクノはシノビから聞いた事があるという。




「兄者によれば心眼を会得するには数多くの死線を乗り越えた人間にしか習得できないと言われている技術でござる。もしかしたらナイ殿はその条件を満たしているのでは……」

「死線……」



クノの言葉を聞いて言われてみればナイは子供の頃からよく死ぬ危険に陥っており、これまでに数え切れないほどの魔物と戦い、幾度も命を落としかけた。


だが、その経験が重なったお陰で何時の間にかナイは「心眼」なる技術を身に着けていたのかもしれず、まだ完璧ではないが隠密や視覚では捉えきれない相手を感じ取る力を身に着けたのかもしれない。



「心眼か……なら、もしかしてこの間にシノビさんとクノさんに気付けたのもこの心眼のお陰かな?」

「ううむ、その可能性もあるでござる……しかし、伝説の心眼をまさか習得しているとは」

「完全に扱えるわけじゃないんだけどね、かなり精神力を使うし……」



心眼を発動させるにはナイの精神力をかなり削り、魔法を使用する時と感覚が似ている。そのためにあまりに多用すると意識が薄れ、下手をしたら気絶する危険性もあった。



「むむむ……まさか、和国に伝わる伝説の技術をナイ殿が身に着けたとは、正直に言えば嫉妬するでござる」

「それよりもどうしてクノさんはここにいるの?リノ王女の護衛は?」

「拙者はリノ王女に命じられて討伐部隊に加わったでござる。だからリノ王女の護衛は兄者が務めているでござる」

「シノビさんが?」



正式にリノに雇われた二人ではあるが、王女の護衛役はシノビだけで十分だと判断され、クノは討伐隊に協力するように言いつけられたらしい。しかし、護衛として常に行動を共にするのであれば男性であるシノビよりも同性であるクノの方が王女は気が楽なのではないかと思うが、シノビの意志で彼女の護衛は彼が行う事になったという。



「兄者は王女が勝手に死なれたら困るという理由で護衛として留まったでござる」

「へえ……そうなんだ」

「ふふふっ……実際の所はそれは建前で拙者の見立てでは兄者はきっと王女様の事を気に入っているのでござるよ」

「え?それって……」



シノビは適当な理由を付けてクノの代わりにリノ護衛役を引き受けたが、クノの見立てではシノビは王女の事をただの護衛対象ではなく、それ以上の存在として捉えている事を見抜いていた。

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