第506話 擬態の技能

「――どうだ?警備兵はいるか?」

「いや、今の所は姿は見かけないな……」

「たくっ、面倒事を起こしやがって……だからお前はクズなんだよ」

「す、すいません兄貴……」



鍛冶屋から少し離れた場所にある建物の路地裏にて3人の男が存在し、その中の1人はニエルを殴りつけた盗賊だった。彼はナイ達が訪れた時に咄嗟に逃げ出してしまい、そして現在は盗賊の仲間を引き連れて店の様子を伺う。


ニエルを襲った盗賊の目的は彼から武器を回収する事、そして彼の家系に伝わる魔剣を奪う事だった。だが、結果的にいえば武器の回収は負えたが肝心の魔剣の在処を聞き出す前に人が来てしまい、ニエルを始末するしかなかった。



「警備兵が来ていないという事はお前が言う店の客とやらも案外気づかずに帰ったのかもしれねえ。あの鍛冶師を始末したのは店の奥だと言ったな?勘の鈍い客ならわざわざ店の奥まで勝手に入るわけはねえ」

「へ、へい!!それは間違いありません!!」

「警備兵が待ち伏せしている可能性もあるが……おい、お前が探して来い。お前の面はまだ警備兵にもバレていないはずだ」

「え、俺ですか!?」

「他に誰がいるんだよ。生憎と俺は指名手配犯だからな、警備兵に見つかると色々とまずいんだ」



兄貴分の盗賊は連れてきたもう一人の男に命令を下し、客のふりをして店の中に入って探してくるように促す。声を掛けられた盗賊の男は最近入ったばかりの下っ端であり、まだ指名手配もされていないので客として入り込めば仮に警備兵が待ち伏せていても誤魔化す事は出来る。


指示を受けた盗賊の男は仕方なく鍛冶屋へと向かい、慎重に中の様子を伺う。そして店の中には誰もいない事を確認すると、恐る恐る声を掛けた。



「お、おい……誰かいないのか?客が来てるんだぞ!!」



声を上げても誰も反応は示さず、警備兵が隠れている様子もない。安心した男は店の外を見渡し、誰も見ていない事を把握してから店の奥へと移動を行う。



「いったい何処に居るんだ……ひっ!?」



店の奥に移動すると男は倒れているニエルを発見し、危うく悲鳴を上げそうになる。盗賊ではあるが小心者らしく、彼は恐る恐るニエルを見下ろす。



「な、何だ……くたばっていたのか、くそっ……それならわざわざここへ来る必要はなかったな」

「う、ううっ……」

「うわっ!?い、生きてる!?」



ニエルは呻き声を上げると盗賊の男は今度こそ腰を抜かし、まさか彼に意識が残っているとは思っていなかった。この場合はどう対処するべきか男は分からず、慌てて武器を構えようとした。


しかし、この時に部屋の中から動き出す人影が3つ存在し、真っ先に動いたのは最も距離が近かったシノビだった。彼は素早い動作で男の口元に布を押し当て、動けない様に首を絞めつける。



「眠れ」

「ふぐっ……!?」

「……意識を失ったようでござるな」

「凄い……」

「お、おい……もう起きていいのか?」



部屋の中に隠れていたナイ達は「隠密」を解除すると、ここで気絶していたふりをしたニエルが起き上がる。彼はシノビに拘束された男に視線を向け、眉をしかめた。



「こいつは……」

「知っている顔か?」

「ああ、こいつもよく店に来て武器を持って行った奴だ」



どうやらニエルの知っている顔らしく、彼を気絶させた男と同様に定期的に店に訪れていた盗賊らしい。シノビの眠り薬によって気絶に追い込むと、すぐにクノは窓から外の様子を伺う。



「路地裏の二人はまだ動き出す様子がないでござる。恐らくはこの者に様子見にうかがわせたのでござろう」

「男か……ならば俺の出番だな」

「え?」

「こいつの服を脱がす、手伝ってくれ」

「な、何をする気だ?」



シノビの指示に従い、ナイ達は捕まえた男の衣服を脱がせると、下着姿になった男はとりあえずは縄で拘束して逃げられない様に椅子に固定する。その間にもシノビは瞬く間に男の衣服に着替えると、何処からか木箱を取り出し、中から絵具のような物を取り出す。


捕まえた男の髪の毛が茶髪だと知ると、シノビは即座に茶色の絵の具のような物を掌で磨り潰し、頭に塗りつける。すると瞬く間に男と同じ色合いの髪の毛に変化し、更に彼は鏡を前にして両手で顔面を包み込む。



「ふむ……こんな感じか?」

「おおっ、ばっちりでござる!!」

「えっ!?」

「なっ……ど、どうなってるんだ!?」



シノビは全員に振り返ると、そこには先ほどまでと一変し、気絶している男と瓜二つの容姿をした男が立っていた。いったいどんな方法なのか現在のシノビは気絶した男に完全に化けており、満足そうに頷く。



「よし、路地裏に隠れている男二人をここへ引き寄せてくる。お前達はここで待っていろ」

「ちょ、ちょっと待てよ!!どうしたんだ、その顔は?」

「兄者は「擬態」の技能を持っているでござる。変装ほどではござらぬが、顔の形を変化させて別人に化けるのは得意でござるよ」

「擬態……」



擬態と呼ばれる技能でシノビは顔面を変化させる事が出来るらしく、彼は盗賊の男から奪った衣服を包むと、もう外見は完璧に気絶した男の姿にしか見えなかった。彼はそのまま男に化けて外に向かうと、残されたナイ達は店の中に隠れる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る