第502話 不審者

「うちの街の領主は気前がいいというか、お人好しというか……わざわざ他の街から訪れた人のために私財を売り捌いてまで宿屋を貸し切ったんだからね」

「そこまでしたんですか!?」

「普通の領主なら緊急事態だとか何とか理由を付けて宿屋に金なんか一銭も支払わないだろうけどね。あの人は本当にいい人だよ、いい人過ぎて悪い奴等に利用されないのか心配だけど……」

「随分と領主の事を買っているな」

「そりゃそうさ、あの人は本当にいい人だからね。人格者というのはあの人の事を言うんだろうね……」



屋台の主人の言葉にニーノの領主は民衆からも慕われている事が良く分かり、ナイもどんな人なのか気になったが、今は用事を済ませるために先に宿屋へ向かう事にした――





――イチノが解放された影響でニーノに宿泊していたイチノの住民も出て言ったらしく、あっさりとナイ達は部屋を借りれた。幸いにも魔獣用の小屋も用意されており、ビャク達も問題なく宿泊する事が出来た。


部屋を借りた後、ナイは約束通りにシノビとクノの案内の元で街を移動する。二人は冒険者ギルドに報告する義務があるはずだが、先にナイの用事を優先してくれた。



「本当にいいんですか?付き合って貰っちゃって……」

「構わん、約束したからな」

「約束は大事でござる。えっと……どうやらここが目的地のようでござるな」



土地勘がある二人の案内のお陰でナイは無事にアルの弟が経営している店に辿り着く。ちなみにここがアルの実家というわけではなく、弟のエルは故郷を離れてこの街で鍛冶屋を営んでいるとドルトンから話を聞いている。


ドルトンの話によれば弟のエルは養父や義兄程の鍛冶師の才能はなかったが、それでも普通の鍛冶師として生きていけるだけの技量は持ち合わせていると聞いていた。しかし、実際に辿り着いた店はかなり年季の入ったボロボロな建物だった。



「ここが……ナイ殿の叔父が経営している店でござるか?」

「随分とボロボロだな……そもそも営業しているのか?」

「とりあえず、中に入ってみるか……」



ナイは店の中を覗き込むと、営業はしているのか店の中は意外と綺麗だった。人が先ほどまで残っていた形跡はあり、机の上にはまだ煙が上がっている珈琲が置かれていた。



「すいませ〜ん、誰かいますか!?」

「……返事がないな」

「何かおかしいな……」



声を掛けても返事は戻らず、確かに誰かが先ほどまでここにいた形跡は残っているのに誰も姿を現さない。この際にナイは嫌な予感を浮かべ、試しに気配感知の技能を発動させる。


店の奥の方に二つの気配を感じ取り、片方は弱々しく、もう片方は徐々に離れていく。すぐにナイは駆け出すとシノビとクノも後に続き、店の奥に移動するとそこには頭から血を流している男性が倒れていた。



「えっ!?ちょっと、大丈夫ですか!?」

「ううっ……」

「怪我をしているな……どうやらこいつで殴られたようだな」



シノビは地面に落ちている鉄槌を取り上げ、恐らくは家事用に扱われる道具だが、何者かがこれを利用して男性を殴りつけたらしい。この時にクノは部屋の窓が開け放たれている事に気付き、彼女は身を乗り出して様子を伺う。この時に彼女は街道の路地裏に駆け込む男性を発見し、それが犯人だと特定して後を追う。



「見つけた!!どうやらあの者がここから逃げ出したようでござるな……拙者、後を追いかけるでござる」

「あ、ちょっと!?」

「問題ない、うちの妹を信じろ」



男性を襲ったと思われる不審者を発見したクノは追跡を行い、慌ててナイも追いかけようとしたがシノビに引き留められる。ナイはすぐに男性の怪我を思い出し、掌を構えて回復魔法を発動させる。



「大丈夫ですか!?しっかりして下さい!!」

「ううっ……」

「……しばらくは目覚めそうにないな」



回復魔法によって怪我自体は完治したが、頭を殴られた影響で男性は目を覚ます様子がなく、ひとまずは横にさせて休ませる――





――しばらくするとクノが戻り、彼女は不審者がとある建物に逃げ込んだ事を報告する。その場所とはこの街で一番大きな宿屋らしく、不審者はそこに宿泊する客だと彼女は突き止めた。



「拙者が見つけた不審者の名前は宿屋の名簿によるとタロウという男でござる。しかし、拙者の記憶が確かなればこの男は指名手配犯で名前も偽名でござるな」

「指名手配犯!?」

「身分を偽って宿屋に宿泊していたという事か……」

「それが、どうも宿屋の様子がおかしいのでござる」



男性を襲ったと思われる不審者は指名手配されている犯罪者だと判明したが、その男が泊まっている宿屋自体がクノによると怪しいらしく、彼女によれば宿屋の宿泊客全員が一般人ではないという。

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