第503話 エルの息子

「拙者の調べた限り、宿屋にいる全員が堅気とは思えなかったでござる。宿屋の店主や従業員の姿も見えなかったでござる」

「え?それってどういう……」

「なるほど、そういう事か」



クノの言葉にナイは疑問を抱くが、シノビの方は何か察したらしく、壁に背中を預けて腕を組む。いったいどういう意味なのかとナイは尋ねようとした時、クノが先に説明してくれた。



「恐らくでござるが拙者が見つけた宿屋は盗賊団に乗っ取られたようでござるな」

「盗賊団……!?」

「有り得ない話ではない、盗賊達が街の中に忍び込み、宿屋の店主と従業員を監禁して宿の客のふりをしながら宿泊しているんだろう」

「えっ!?」



シノビの発言にナイは驚き、そんな事があり得るのかと思ったが、この街の状況を考えると盗賊達にとっては色々と都合がいい。



「この街はゴブリンの軍勢のせいで外部から大勢の人間を受け入れている。そのどさくさに紛れて盗賊共が街の中に入り込むなど容易い事だろう」

「確か領主が街中の宿屋を貸し切った事で何処の宿屋も満員だったそうでござるな。ならばそのうちの宿屋の1つを貸し切ったとしてもあやしまれないでござる」

「な、なるほど……」



二人の言葉を聞いてナイも納得しかけるが、それでもこの街で一番大きな宿屋の客全員が盗賊となると相当な数の盗賊団が入り込んだ事になる。


仮にそれほど大量の盗賊が入り込んでいるとなると警備兵に気付かれそうだが、ニーノの街もイチノと同様にゴブリンの軍勢が襲い掛かるかもしれず、常に警備兵は街の外に警戒をしていた事から内部に盗賊が忍び込んでも気づけなかったのも無理はない。



「クノ、盗賊の数はどの程度だ?」

「恐らくは50人ほど……しかも高額の賞金首が数名は存在するようでござる」

「そういう事ならすぐに警備兵の人たちに知らせないと!!」

「待て、迂闊に動くと奴等に勘付かれる……それにこの状況もまずいかもしれん」

「えっ?」



ナイはシノビに振り返ると、彼は意識を失っている男性の元に歩み、その顔に張り手を食らわせて無理やりに目を覚まさせた。



「起きろ」

「ぐはっ!?」

「ちょ、ちょっと!?何をしてるんですか!?」

「落ち着くでござる、ここは兄者に任せて……」



シノビの行動を見てナイは慌てて止めようとしたが、それをシノが肩を掴んで抑える。倒れている男性はナイの叔父であるエルの可能性が高く、黙って見ていろと言われても困るのだが、シノビは目を覚まさない男性に対して懐に手を伸ばす。


彼女は怪しい色をした粉末が入った瓶を取り出すと、その蓋を開いて近づける。蓋を開いた瞬間に異臭が漂い、ナイとクノは反射的に鼻を抑える。かなりきつい臭いであり、シノビは気絶した男の鼻に近付けると堪らずに起き上がる。



「ぶほっ!?く、臭い!?な、何だぁっ!?」

「目覚めたか……おい、両手を上げて後ろを向け」

「は、はあっ!?な、何だお前等……!?」



起き上がった男性に対してシノビは命令するが、彼は何が起きているのか理解できず、周囲を見渡して自分の部屋である事を確認し、そこに勝手に入り込んでいるナイ達に怒鳴りつける。



「お、お前等も奴等の仲間か!?くそ、ふざけるな!!誰がお前等の言う事なんて……」

「お前等?ほう、何か事情を知っているようだな」

「あの、すいません!!貴方はエルさんですか?」

「あんっ……!?」



ナイは起き上がった男性の正体を確かめるために名前を尋ねると、男性は「エル」という名前に反応し、彼は予想外の言葉を告げた。



「エルは俺の親父の名前だ。俺はエルの息子のニエルだ」

「えっ!?」

「息子?という事は父親のエル殿は……」

「……死んじゃいねえ、多分だけどな」

「多分?」



エルの息子を名乗るニエルという男性は顔色を青くさせ、自分の頭を抑える。ナイの回復魔法で傷は完全に塞がったが、彼は殴られた時の事を思い出す。



「くそ、頭が……あの野郎、本気で殴りつけやがったな」

「いったい何があったんですか?誰に襲われたんですか?」

「その前にお前等こそ誰だ?勝手に人の部屋に入り込みやがって……」

「その言い方は無いでござろう。このナイ殿がお主を助けたのでござるよ」

「ナイ?その名前、何処かで聞いたような……」

「あ、その……ドルトンさんから手紙を預かっているんです」

「ドルトン?確か、親父の所に偶に来ていたあの爺さんか?」



ナイはドルトンから渡された手紙を思い出し、それをニエルに渡す。ドルトンはニエルの父親のエルに書いた手紙ではあるが、とりあえずは息子である彼に渡す。


ニエルは渡された手紙を確認して驚いた表情を浮かべ、すぐに彼はナイの顔を見て父親の兄のアルの息子だと知り、自分とは「従弟」の関係だと初めて知って驚く。

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