閑話 〈インの後悔〉

――困っている人を助ける、口にするのは簡単だが実行できるかどうかは話は別である。インが修道女になった理由、それは彼女の出生に関わっていた。


まだ赤ん坊の頃にインは孤児院の前に捨てられ、彼女は実の両親の愛情を受けずに育った。孤児院に居た頃に彼女は魔法の才能がある事が発覚し、孤児院の経営者の知り合いが陽光教会の司祭であり、小さい頃に彼女は陽光教会に預けられる。


表向きは孤児院の経営者が彼女の才能を惜しんで陽光教会に託した事になっているが、真実は違った。インは孤児院の中では浮いた存在であり、経営者からも快く思われていなかった。


インとしても居場所がない孤児院で暮らすよりは新しい場所で自分の才能を磨きたいと思い、陽光教会の元へ喜んで訪れる。その後は立派な修道女になるように教育を受け、回復魔法を身に着ける。


両親から捨てられ、孤児院からも半ば追い出されたか形のインの居場所は陽光教会だけであり、彼女は必死に勉強して成人年齢を迎えた時にはイチノのヨウの元へ世話になっていた。




ヨウは陽光教会の中でも有名であり、普通の人間とは異なる雰囲気を纏っていた。インは彼女の元で勉強すればいずれ自分も今よりも上の立場に立てると思い、ヨウが管理する教会へと赴く。


しかし、実際のヨウは司教の立場でありながら忌み子であるナイが来た時も育て親から引き剥がそうともせず、後にナイが自らの意志で訪れても教会の本部へ報告を行い、特別な許可を得て彼を自分の傍に置いておく。


インはヨウの事を尊敬していたが、ナイに関わる彼女の行動だけは理解できず、どうしてヨウがナイの事を特別視するのか意味が分からなかった。本人に何度も問い質したが、結局は何も答えてくれない。




最終的にはナイが陽光教会を自らの意志で出て行く際、ヨウは彼に貴重な水晶板のペンダントを渡して旅に出した。その一件が切っ掛けでインはヨウの事を尊敬する師ではなく、教会の理念に背く存在だと捉える。


この事はインは教会本部に伝えるべきかと思ったが、これまでに世話になっていた恩もあるため、敢えて黙っていた。しかし、彼女はもうヨウの事を尊敬せず、近々教会を離れるつもりだった。



(私は間違ってなんかいない……)



時は現代に戻り、ドルトンから渡された水筒を握りしめながらインは虚ろな瞳で他の人間と共にニーノの街へ向けて歩く。先ほどのドルトンとイーシャンに言われた言葉を何度も思い返し、彼女は頭を抑える。



(困っている人を助けるのは当たり前……なのに、私はあの子を見捨てようとした?)



ホブゴブリンによって村が壊滅した後、ナイは陽光教会の元に訪れた時は酷い状態だった。虚ろな瞳で碌に喋る事も出来ず、誰がどう見ても危険な状態だった。ナイが戻って来た時、インもその場に居た。


あの時のナイの姿を思い出すだけであまりにも哀れで可哀想な子供だった。まるで子供の頃の孤児院に居た頃の自分を思い出すようで、インは彼と関わる事を控えた。しかし、ヨウは見捨てずにナイを教会へ引き取り、優しく接する。


インは何度もナイを教会本部へ送り込み、彼を隔離するべきだと言った。だが、それはもしかしたら彼の姿が孤児院に居た頃の自分と重なり、見ていられなかった。だから彼女は必要以上にナイに冷たく当たってしまった。




――ドルトンとイーシャンに優しくされた事でインは気づいた。自分はナイに対して過去の自分を思い出すのが嫌で八つ当たりをしていただけに過ぎず、本当ならばヨウのように優しく接して彼の心を癒すべきだったのではないか、今更後悔しても遅いが無意識にインは涙を流す。




歩きながらインは自分の行動を振り返り、修道女になった理由は孤児院に居場所がなく、他に選択肢がなかっただけである事、ヨウのように立派な人物になりたいと思いながら、結局は彼女の優しさを理解できずにいた事、何よりも忌み子だからとナイの事を警戒し、過去の自分と重ねて彼に嫌悪感を抱いてた事を思い知る。


自分の行動を振り返る度にインは歩みが遅くなり、今の自分が全て失った事を思い出す。生き残るために自分の唯一の居場所だった教会を捨て、ヨウの元から逃げてしまった。それはつまり、インは自らの意志で居場所を捨てた事になる。


手にしていた水筒を落とし、中身が地面に流れる。この時に地面に水たまりができると、インは水たまりに映った自分の顔を見てあまりの酷い姿に足を止めてしまう。



(私は……間違っていた)



今更ながらにインは自分が人として間違った行為をしていた事を自覚し、大粒の涙を流す。そんな彼女の元に近付く影が存在し、誰かがインの服を掴む。



「お姉さん、どうしたの?どこか怪我したの?」

「えっ……?」



インは振り返ると、そこには子供の頃のナイとよく似た少年が立っていた。彼の傍には家族らしき姿は存在せず、インは尋ねる。



「坊や、お父さんとお母さんは?」

「……はぐれちゃった。でも、きっと街に行けばお父さんとお母さんに会えるよって、兵士さんが言ってくれたの」

「そんな……」



少年の言葉にインは全てを悟り、恐らくは彼の両親はもういないのだろう。だが、彼を見つけた兵士が少しでも少年に希望を持たせるために嘘を吐いたのだ。


まだ幼いながらに少年はたった一人でここまで歩いて来たらしく、よくよく見たら少年は裸足だった。歩いている途中で怪我をしたのか血が滲んでいるが、両親に会いたい一心で彼はここまで歩いてきたのだろう。それを知るとインは無意識に手を伸ばす。



「坊や、怪我をしているのね……見せて頂戴」

「え?」



インは少年のために残り少ない回復魔法で少年の足の怪我を治してやると、少年は痛みが消えて驚いた表情を浮かべる。一方でインは胸元を抑え、顔色を悪くしながらも少年に告げた。



「もう大丈夫……痛くないでしょう?」

「うん、ありがとうお姉さん!!」

「いいえ、お礼なんて言わなくていいわ……」

「お姉さん……泣いてるの?何処か痛いの?」

「う、ううっ……」



素直に感謝の言葉を継げる少年をインは抱きしめ、感謝の言葉を聞けただけでも胸いっぱいだった――

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