第474話 幻影……じゃない!?

「――ドルトン、怪我の具合はどうだ?」

「うむ……お主の薬のお陰で痛くないぞ」

「ははっ、馬鹿野郎……もうとっくの昔に薬の効果なんて切れてるだろ」



イーシャンに肩を借りながらドルトンは草原を歩き続けているが、既に屋敷を脱出してから数時間は経過していた。事前にイーシャンが打ちこんだ痛み止めの効果など切れていた。



「嘘ではないぞ、もう全身の感覚すらも薄らいで痛みも感じなくなった……この調子では夜が明ける前にぽっくりと逝ってるかもしれん」

「笑えない冗談言うんじゃねえよ……折角、脱出できたのにこんな場所で死んだら街に残った奴等が可哀想だろうが」

「そうじゃな……あの王子は立派な御方じゃ」



街に残った一般人を逃がすために最後までリノと彼女に仕える騎士達は残り、それに付き合う形で多数の冒険者と民兵も街に残った。今も彼等はゴブリンの軍勢を待ちに引き連れるために戦っている事を考えるとドルトンとイーシャンは感謝しきれない。


ドルトンも若ければ他の人間のために街へ残り、最後まで戦う道を選んだかもしれない。しかし、年老いた身体では他の人間の足手まといになると判断し、それにここで死ねばイーシャンの言う通りにナイを悲しませてしまう。



「イーシャンお主の方こそ怪我は大丈夫か……馬車から落ちた時にお主もあばら骨をやられたのではないか?」

「はっ……こんなもん、唾でも付け解けば勝手に治る」

「医者らしからぬ言い訳を……」



馬車が転倒した時にイーシャンも怪我をしてしまい、本来であれば二人は安静にしていなければならない重体だった。だが、今はニーノに向けて歩き続けなければならず、彼等は最後まで希望を捨てずに歩き続ける。



「はあっ……はあっ……まずいな、血を流しすぎたか。変な物が見えてきたわい」

「おい、大丈夫か?しっかりしろ……」

「イーシャン、儂はもう駄目かもしれん……空に巨大な鮫が浮かんでおる」

「……鮫?」



虚ろな瞳で上空を見上げるドルトンにイーシャンは呆気に取られ、深刻的な状態に陥ったのかと心配するが、空を見上げた瞬間にイーシャンは度肝を抜かす。



「な、な、なっ……何だありゃあああっ!?」

「な、何じゃ……!?」

「えっ……」

「何、どうしたの?」

「いったい何を騒いで……うわぁあああっ!?」



イーシャンの驚愕の声を耳にした他の人間達も上空を見上げると、そこには信じられない光景が広がっていた。それは鮫型の巨大な飛行船が浮かんでおり、イチノへ向けて進行していた。


いったい何が起きているのかとイーシャンは慌てふためくが、この時にドルトンは空を浮かぶ鮫の姿を見て何処かで見覚えがある事に気付き、数十年前に彼は同じ光景を見た事を思い出す。



『おいおいおい、ドルトン!!見てみろよ、本当に船が空を飛んでるぞ!?』

『し、信じられねえ……おとぎ話じゃなかったのか!?』



まだドルトンが冒険者だった時代、彼はアルと共に王都にて空を飛ぶ飛行船を目撃した事があった。当時はまだ鮫の塗装は行われていなかったが。空を飛ぶ船を見た時の感動は忘れられない。



「あれは……王都の飛行船、か!?」

「ひ、飛行船だと……あれが噂の!?」

「ということは……まさか、援軍が来たのか!!」



この一か月の間、待ちに待ち続けた王都からの援軍が遂に訪れたのかと興奮したドルトンは怪我の痛みを忘れ、空を見上げる。鮫の塗装が施された飛行船が彼等の頭上を通り過ぎる際、ドルトンは懐かしく気持ちを抱く。




(変わった塗装は施されているが、あの時の同じ船ではないか……!!)



飛行船の形状を見てドルトンはかつて王都で見かけた飛行船と同じ物だと確信し、彼は驚愕と歓喜の表情を浮かべた――






――同時刻、船内の一室にてナイは窓の外の様子を眺め、もう間もなく夜を明けようとしている事に気付く。出発を少し早めた事で予定よりも早くイチノへ辿り着ける。



「あれ?今の、まさか……」

「ナイ君、どうかしたの?」

「いや……多分、気のせいだと思う」



窓から外の様子を眺めていたナイは地上を見た時、見覚えのある人物がいた様に思ったが、ただの気のせいだと判断して準備を行う。



『間もなく、イチノへ到着する!!但し、この船は市街地に降ろすわけにはいかん!!作戦通り、街の外で飛行船を着陸させる!!各自、与えられた任務を遂行する事に専念しろ!!』

「いよいよね……」

「この飛行船の事は僕達に任せて、ナイ君達はイチノの人たちと王子様を救って!!」

「……任せて」



飛行船は間もなくイチノへ到着し、船の守護は冒険者に任せて残りの者達はイチノを襲撃するゴブリンの軍勢と戦う手はずだった。そしてナイは王国騎士団と共にイチノへ突入し、必ずや街の人たちと王子、そして大切な人たちを救う事を心の中で誓う――

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