第470話 リノの覚悟

(――冗談ではない、こんな所でお前に死なれたら我々の目的は果たされぬ!!)



シノビがリノに固執する理由は彼が王族だからであり、ここで彼の命を救わなければシノビの目的は遠のいてしまう。王族と接触する機会など滅多に巡り合えず、ここでリノを死なせるわけにはいかない。


リノにシノビが近付いたのは彼を通じて王族と良好な関係を築き、いずれ国王に取り入って和国の領地を返還してもらうためである。シノビとクノの先祖が築いた和国は滅びた後、和国の領地の大部分は王国が管理している。


王国の管理する和国の領地を取り返すためには王族から信頼を得た後、家臣になってでも和国の領地を取り返す。それがシノビの目的であり、亡き先祖の悲願でもある。そのため、彼はどうしてもリノを死なせるわけにはいかなかった。



「リノ王子、貴方はここに残られるというのですか?」

「ああ、私の命はここまでだ。シノビ、これまで色々と助かった……お前だけでも生き残れ」

「王子!!」

「……お前とクノが私に尽くしてくれた理由は、何か目的があって私に近付いたのだろう?だが、すまないがお前達のために私が出来る事はここで命を懸けて時間を稼ぐ事しか出来ない」

「なっ……」



リノも自分のためにシノビとクノが尽くしてくれた理由は何となくだが察しており、二人が王族である自分に何らかの目的で近付いた事は気づいていた。


それでもリノは二人の目的を聞く事もせず、その事に関して責めるつもりもない。実際に二人が居てくれたお陰で今日まで街を守り抜く事が出来たと言っても過言ではない。



「お前達の役に立てない事はすまないと思っている。しかし、私もここで退くわけにはいかないのだ」

「王子、どうか考え直して下さい!!」

「駄目だ、私はここで果てる……せめてもの詫びだ、これを持っていけ」



シノビに対してリノは首にかけていたペンダントを差し出し、それを受け取ったシノビは困惑する。リノが持っているペンダントは王家の紋章が刻まれており、彼が王子である事を証明する重要な代物だった。



「このペンダントを持って行けば父上もお前達を受け入れてくれるだろう。最後の頼みだ、父上にこれだけは伝えてくれ……民のために尽くして死ぬ、ならば私に後悔はありません。そう伝えてくれないか?」

「王子……」



渡されたペンダントをシノビは握りしめ、もうリノの覚悟は固い事を知った彼は何も言えない。ここで無理やりにリノを連れ出したとしても彼の性格を考えれば自害するかもしれない。


ペンダントを受け取った以上はシノビがここに残る理由はなく、リノは守り通せずとも彼の「形見」を持ち帰れば国王と面会し、王国に受け入れられるかもしれない。しかし、シノビはここでリノを見捨てる事が本当に正しい事なのか疑う。



(ここに残ったとしても死ぬだけだ。だが、リノ王子を無理やりに連れ帰っても従うはずがない。ならばどうすれば……)



いくら考えようとシノビは答えが見つからず、リノを見捨てて逃げるべきか、それとも他の方法を探すべきか思い悩む。だが、考えている間にも敵の軍勢は近づいていた。



「リノ王子様、もうこれ以上は持ちません!!街道が突破されます!!」

「分かった……ならば第一防衛陣に火を放て!!」

「ほ、本当によろしいのですね!?」

「ああ、構わん!!火矢を放て!!」



リノの命令で騎士達は即座に合図の煙を放つと、街の中心部を取り囲む建物の一角に火が放たれる。事前に建物には油や火属性の魔石の粉末が仕込まれており、瞬く間に燃え広がった。




――ギィアアアッ!?




建物に火が放たれた事で街道を通り抜けようとしたホブゴブリンの軍勢も怯み、侵攻が一時的に中断する。街の中心を取り囲むように並ぶ建物が燃え広がった事により、一時的にだがホブゴブリンの軍勢は足止めされる。


事前にリノは建物の何か所かに昼間の間に燃えやすいように油と火属性の魔石を仕込ませ、もしもホブゴブリンの軍勢が押し寄せて来た時は火を放つように指示をだしていた。しかし、この作戦は下手をすれば他の建物に引火し、街を火の海に変えかねない危険な策だった。


一応は魔石などで発火した炎は長時間は維持できず、消えてしまうという性質を利用して建物が他の建物に燃え広がらない様に配慮はしてある。それでも絶対に炎が燃え広がないとは言い切れず、作戦が上手くいく事をリノは祈る。


結果的には建物は燃え広がるような事態には陥らず、ホブゴブリンの軍勢は撤退した。それによって時間を稼ぐ事に成功し、一時の間は余裕が出来た。しかし、次に襲撃を仕掛けられた場合は同じ手は後一度しか使えない。


今回の作戦は「第一防衛陣」を燃焼させた事で成功したが、次に攻撃を仕掛けられたときは「第二防衛陣」と呼ばれる防衛網の建物を燃やすしかない。これが最後の策であり、もしも第二防衛陣も突破された場合はもう逃げ場はなく、死ぬまで戦うしかなかった――

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