第461話 ヨウとインの決別
「ヨウ司教……本当にいいのですか?この街に残るという事は死ぬのと同じですよ」
「何と言われようと、私はここを離れるつもりはありません……それに貴女達に隠していた事があります」
「隠していた事?」
「私には未来が見えるのです……もしもこの街を離れた者は、必ずや後悔する事になるでしょう」
「なっ……ふざけないでください!!」
ヨウの言葉をインは信じられず、この期に及んで逃げようとする自分達を惑わそうとするのかと激高し、教会を立ち去る。残された修道女はヨウの意志に従い、この街に残る事を誓う。
「ヨウ司教……私達はここに残ります」
「どうか最期の時までご一緒させて下さい」
「弱気になっては駄目です……最後まで諦めず、希望を捨ててはなりません」
教会に残る者達は殆どが諦めかけていたが、それに対してヨウは首を振って彼女達を元気づけ、最後に立ち去っていた者達の後ろ姿を見送る。
インに告げたヨウの言葉は嘘ではなく、彼女には既にこの街の未来が見えていた。近いうちにこの街を救うべく、空を飛ぶ飛行船が訪れる事を知っていた。しかし、そんな話をしても他の人間が簡単に信じられるはずがない。
(ナイ、来てはいけません……)
だが、ヨウの唯一の不安は空から舞い降りる飛行船の中にはナイの姿が存在し、彼の運命の時が近付こうとしていた――
――この晩、街中の人間達は夜の間は熟睡していた。ゴブリンの軍勢が襲撃を仕掛けた時でさえも敵は夜の間は攻撃を仕掛けなかった事で夜間だけは安心して身体を休める事が出来た。
街の住民はリノとの約束で明日には街に出られる事を知っており、外に出る事を考慮してゆっくりと身体を休める。しかし、普段と違う点はこの日は「満月」を迎えようとしていた。
満月の影響で夜でありながらも月の光で街は照らされ、そして街に近付く影が存在した。城壁の兵士達は接近してくる影に気付かず、見張りの兵士さえも眠気に襲われて殆どが眠りこけていた。これまでに夜間に襲撃が一度もなかったせいで夜の間に敵に襲われる事態を想定せず、警戒心が鈍る。
やがて街に接近する多数の影は城壁の間近まで近づくと、ここでやっと兵士の一人が異変に気付く。何時の間にか城壁の外には無数の瞳が光り輝いており、それを見た最初の兵士は悲鳴を上げた。
「ひ、ひいいいいいっ!?」
「うおっ!?な、何だっ!?」
「おい、うるさいぞ!!何の騒ぎ……だ?」
最初に悲鳴をあげた兵士に他の兵士が怒鳴りつけようとしたが、すぐに彼等も城壁の外の異変に気付き、顔色を青ざめる。そこには月の光に照らされた多数のホブゴブリンの姿が存在し、彼等は咆哮を放つ。
――グギィイイイイッ!!
この数日の間は完全に姿を眩ませていたはずのゴブリンの軍勢が出現し、街を取り囲む。しかも今まで一度も行わなかった夜襲を仕掛け、警戒心が薄れていた兵士達に容赦なく襲い掛かる。
「グギィッ!!」
「ギィアッ!!」
「ギギィッ!!」
街を取り囲むゴブリンの軍勢は数日前よりも数を増やしており、しかも彼等は梯子や櫓のような物まで用意していた。人間から奪った物ではなく、自分達で制作した物だと考えられ、それらを利用して城壁に乗り込もうとしてきた。
「う、うわぁっ!?ゴ、ゴブリンが……ゴブリンが来たぞ!!」
「くそ、どうなってるんだ!?」
「お、王子様の言う通りだ!!こいつら、まだ諦めてなかったのか!?」
今更ながらに民兵もゴブリンの軍勢が消えたのは罠だと気付き、仮に街の外に人間が抜け出していれば彼等は街の外で待機していたゴブリンの軍勢に襲われ、餌にされていた。
ゴブリンの軍勢がここ最近の間は街に襲撃を仕掛けず、姿を消していたのは街の人間の警戒心を下がるのを待ち、しかも夜に襲撃を行ったのはこの約一か月の間に一度も夜襲を行わず、油断させるためである。
この数日の間にゴブリンの軍勢は密かに梯子や櫓の建設を行い、更には弓兵と化したホブゴブリンの姿もあった。彼等は櫓の上から矢を放ち、城壁の兵士を狙う。
「グギィッ!!」
「ギギィッ!!」
「うぎゃあっ!?」
「あ、あいつら弓まで……しかも、この矢は俺達の射っていた矢じゃないか!?」
櫓に乗り込んだホブゴブリンは城壁の上に立つ弓兵に狙いを定め、矢を放つ。しかも彼等が扱っている矢は先日に城壁の兵士がゴブリンの軍勢を相手に射抜いていた矢を回収し、それを逆に利用して撃ち込む。
完全に油断していた兵士達は瞬く間に次々と破れ、遂には城壁にまで乗り込まれる。しかし、数日の間は身体を休める事が出来た兵士達も反撃を行う。
「くそっ、死んでたまるか!!」
「お前等なんかに好きにさせないぞ!!」
「こうなったら道連れにしてやる!!」
自棄を引き起こした兵士達はホブゴブリンの大群に対して死を覚悟で戦いを挑み、死兵と化した彼等は命尽きるまで戦い続ける。その結果、夜が明けるまで彼等は戦い続け、やがて朝を迎えるとゴブリンの軍勢は一旦引き返した――
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