第460話 忍者の勘
――金級冒険者にして和国に暮らしていた人間の子孫であるシノビとクノ、二人はここ最近はゴブリンの軍勢が襲撃を仕掛けない事に対し、リノと同様に不安を感じていた。
「今日も平和でござるな……」
「ああ、不気味な程にな」
建物の屋根の上にて二人は街の様子を見下ろし、現在の街は荷物を纏める住民があちこちに存在していた。少し前までは住民は建物の中に引きこもっていたのだが、最近はゴブリンの軍勢が襲撃を仕掛けなくなってから建物の外に出る事が多くなった。
彼等は荷車などに荷物を載せ、逃走の準備を行っていた。この街に残った住民の殆どは街と共に心中する覚悟を抱いていたが、ゴブリンの軍勢が消えた事によって自分達が助かる可能性を見出し、街を離れようとする人間が続出する。
「くそ、まだ城門は開いてくれないのか!?」
「あの王子様の命令だ。今日までは街の外に出る事を禁じるそうだ」
「今日までという事は明日には外に出てもいいんだな?」
「ああ、やっと安全な場所に逃げれるのね……」
「もうしばらくの辛抱だ……」
住民の殆どは碌な食事もありつけずに痩せ細っており、中には重症人もいた。怪我を治す医者や治癒魔導士は数が足りず、陽光教会の方も大勢の怪我人の治療で手一杯の状況だった。
「あの者達、本当に逃げれると思っているのでござるか?」
「さあな、我々にはどうでもいい話だ……王子さえ生き残ればどうでもいい」
「兄者……彼等を見捨てるつもりでござるか」
「勘違いするな、奴等がこの街を見捨てるんだ。我々には関係ない」
クノはシノビの言葉を聞いて眉をしかめ、確かに状況的には住民はこの街を放棄しようとしている。そう考えれば彼等がこの街を見捨てるという言葉もあながち間違いではない。
しかし、シノビもクノも気づいていた。ゴブリンの軍勢が姿を消したのは罠である可能性が高く、不用意に外に逃げ出せば命の保証はない事を――それでも彼等は住民の行動を止めないし、そもそも止める事など出来ない。
「奴等の命運が尽きようと我々には関係ない……だからお前も気にするな」
「そうで、ござるな……」
シノビの言葉を聞いてクノは言い返せず、それでも本当に彼等を放置していいのかと思ってしまう。そんな妹に対してシノビは彼女の頭を黙って撫でる――
――同時刻、陽光教会でも異変が起きていた。それは司教であるヨウに大してインを始めとした修道女が街の外に出る事を訴えるが、彼女はそれを拒否した。
「なりません、街の外に出る事は許しません」
「どうしてですか!?別に私達はこの街を見捨てるわけではありません!!他の街の陽光教会に助けを求めるだけです!!」
「そうです、我々だけではもうこれだけの数の怪我人には対処できません」
ヨウに対してインを始めに教会に暮らす修道女が講義を行う。現在の教会には100人を越える重傷者が存在し、既に修道女の負担の限界は超えていた。彼女達は毎日のように回復魔法を施して怪我人の治療を行うが、全員が連日に魔法を使いすぎた影響で痩せ細っている。
魔力は生命力その物と言っても過言ではなく、使えば使う程に肉体に大きな負担を負う。修道女の中には魔力が枯渇して倒れる者も多く、最も多くの怪我人の治療を行ったヨウは杖も借りなければ立ち上がれない程であった。
「ヨウ様、今までは貴女の言う事に一度も逆らいませんでしたが、今回ばかりは違います!!我々だけではもう治療は出来ません、ここはニーノの街の陽光教会に助けを求めましょう!!」
「そのためにここにいる怪我人を置いて我々だけでも逃げるというのですか?」
「お、置いていくわけではありません!!傷が酷い重傷者を厳選し、民兵の力を借りて運んでもらうのを手伝って貰うのです!!」
「この状況でそんな無茶をさせたら死んでしまいますよ?」
インの言葉にヨウは室内を振り返り、倒れている怪我人の中には少しでも動かせば危険な状態の者も多く、全員を連れて運び出すなど出来ない。そんな彼等をヨウは見捨てる事は出来ず、修道女が陽光教会から離れる事を注意する。
「ここからニーノの街まで馬で移動するにしても二日はかかります。その間、魔物に襲われたらどうするのですか?傷だらけの民兵が守ってくれるのですか?」
「ですが、ここに残っても……ゴブリンの軍勢がまた戻ってきたら今度こそ死んでしまいます!!」
「それでもここを離れる事は許しません……どうしてもというのであれば修道女を辞めなさい。それならば私は貴女達の事を止める権利はありません」
「そんな……!!」
ヨウは頑なに修道女が教会を離れる事を許さず、その彼女の言葉にイン達は衝撃を受けた。しかし、それでも何人かの修道女は意を決したように自分が身に着けている修道服を脱ぎ捨てる。
「分かりました、では私達は修道女を辞めさせてもらいます」
「ここに残っても死ぬだけですよ、後悔しても知りませんからね」
「……そうですか、分かりました」
修道服を脱ぎ捨てた者達に対してヨウは悲し気な表情を浮かべ、黙って門から離れる。数名の修道女が出て行こうとすると、その中にインも含まれていた。
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