第406話 引き際は誤るな
――リノに報告を終えたクノは自分達が利用している宿屋へ向かう。正確に言えば今は誰も使用していない宿屋を使わせてもらっており、この宿の主人は既に他の街へ避難していた。
現在、この街に残っているのは殆どがこの街で生まれ、他に生き場所がない者達ばかりだった。事前に魔物が押し寄せてくる事は告知したが、それを知った上で残った者しかいない。
クノとシノビは元々はニーノという街の冒険者ではあったが、二人はこの街に第二王子が訪れていると知り、自ら赴いて協力を申し出た。その理由は今回の一件を切っ掛けに王子であるリノとの繋がりを持つためである。
「兄者、戻ったでござる」
「遅かったな……報告は終えたのか」
「偶には兄者が報告してはどうでござるか?」
「……女の扱いは苦手だ」
シノビは部屋の中で武器を研いでおり、彼が手にしているのは忍刀と呼ばれる武器であり、普通の打刀と比べれば刀身は短いが、脇差しよりは長い。
昼間にゴブリンとの戦闘で利用していた短刀は彼の本来の武器ではなく、この忍刀こそがシノビの得意とする武器である。シノビが武器の手入れをしている姿を見てクノはシノビに問い質す。
「兄者……リノ王子は拙者たちの事を信頼し始めているでござる」
「そうか」
「しかし、このまま戦っても勝機はない事は理解しているでござる」
「……そうか」
クノもシノビも援軍が訪れるまでイチノが籠城できるとは思っておらず、もう街を守る人間も限界を迎え、食料に関しても問題があった。この一か月の間は街に残った全員が一丸となって魔物から耐えてきたが、このままではいずれゴブリンの軍勢に街は蹂躙されてしまう。
「城壁の兵士に聞いたところ、いくら倒してもゴブリンとホブゴブリンは数を減らした様子はないそうでござる。奴等はどれだけいるのか分からないでござるが、このままでは数日中にこの街は落とされるのは間違いないかと……」
「俺も同じ意見だ。クノ、引き際を誤るなよ」
「それはつまり、この街を捨てて逃げ延びるのでござるか?」
シノビの言葉にクノは彼を見つめると、シノビは自分の忍刀に視線を向け、真剣な表情を浮かべて呟く。
「俺達は死ぬわけにはいかん……必ず、先祖の悲願を果たさねばならん」
「しかし、拙者達の目的を果たすためにはリノ王子の協力も必要だと……」
「無論、王子も見捨てるつもりはない。いざという時は王子を誘拐してでも俺達だけは生き延びねばならん」
「ゆ、誘拐……本気で言っているのでござるか!?」
鞘に刀を戻したシノビはとクノと向かい合い、自分達の使命を忘れない様に忠告した。
「クノ……俺達が今日まで生きてきた理由を忘れたか?遥か昔、悪しきダイダラボッチによって滅ぼされた国を再興するため、我が一族は生きてきた。そしてやっと国を再興させる切っ掛けとなり得る御方を見つけたのだぞ」
「それがリノ王子でござるか……」
「そうだ、和国が存在した領地は現在は王国の管理下にある。そんな場所を俺達のような身元も知れぬ者に寄越せと言われてもこの国の人間が納得するはずがないだろう。しかし、俺達がもしも王子の命を救えばどうなる?」
「王子を助けてくれたお礼に国王が我が国の再興を手伝ってくれるのでござるか?」
「そんな簡単な話ではない」
妹の言葉にシノビはため息を吐き出し、クノとしては割と真面目に考えたのだが、シノビは窓の外を眺めながら自分達の先祖が失った国を語る。
「和国は他の国々と比べても小国で今の時代では名前すらも忘れ去られている。国が滅びた後、和国の民は世界中に散らばり、他の国々に移り住んだ。しかし、我々だけは違う。国が滅び、仕えるべき主人を失おうと我等シノビ一族は何時の日か和国を再興させるため、技を磨き続けた」
「それは分かっているでござるが……しかし、国を作り出すなど簡単な事ではないでござる」
「当然だ。しかし、やり遂げなければならん……そのためにはまずはあの王子を利用して王国に取り入る。まずは功績を積み重ねて王子の信頼を得た後、彼に助力してこの国の王に仕立て上げる」
「リノ王子を王に!?しかし、それは難しいのでは……」
「別にリノ王子に拘る必要はない。必要とあれば第一王子や第三王子に鞍替えすればいい……今の我々に重要なのは王国の信頼を得る事だ。そうすれば必ずや和国の再興に繋がるだろう」
「むむむ……兄者は色々と考えているのでござるな」
クノはシノビの話を聞いて思い悩んだ表情を浮かべ、自分達の目的のためとはいえ、何だかリノに対して悪い事をしているような気分になる。
だが、理由はどうであれシノビとクノはリノを守るために最善の行動を尽くし、最悪の場合は街が襲われた場合はリノだけでも連れ出して二人は脱出するつもりだった。そんな事をすればリノが納得するはずがないが、この国の王子であるリノを救い出せば国王に取り次ぐ機会は必ず訪れる。
「我々は何があろうと死ぬことは許されん……分かったな、クノ」
「承知したでござる……」
シノビの言葉にクノは頭を下げ、そして自分が使っている部屋へと戻る。だが、彼女はリノの事を思い出して何だか悪い気がしてならなかった――
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