第361話 もう容赦はしない
「な、何て力だ……!!」
「こいつは……ちょっとまずいね。あいつ、頭に血が上り過ぎている」
「ナ、ナイ君……!?」
「急にどうしたっていうの……!?」
「ヒイロ……気づいた?」
「え、ええ……あの時と、同じ表情です」
試合場の様子を見ていたアルト達もナイの行動に動揺を隠せず、この時にヒイロとミイナはナイの姿を見てある事を思い出す。それはバーリの屋敷にてガーゴイル亜種と対峙した時、ナイは今と同じ表情を浮かべていた。
――幼少期の頃から魔物と戦い続けたナイは魔物の恐ろしさを良く理解しており、どんな相手だろうと魔物と戦う時は全力で挑む。しかし、相手が人間の場合となるとナイは全力で戦う事は出来ない。
これまでにナイはテン、リンダ、リン、のような一流の武人と戦った時、彼は本気で戦っていたつもりだった。しかし、実際の所はナイは人間が相手の時は極力全力で戦う事を控えていた。その理由は彼の「腕力」があまりにも規格外だからである。
魔物ならばともかく、人間を相手にナイは本当の意味で全力で戦う事が出来ないのは彼が本能的に人を傷つける事を恐れているからである。ナイはこれまでに悪党と戦った時でさえも、誰一人として殺してはいない。
ナイは自分自身の力がどれほど危険なのかよく理解しており、この力を不用意に人間に使用すれば相手を殺しかねない。だからこそナイは人を相手に本気で戦う事は出来ない。
しかし、相手が魔物の場合は別であり、魔物に対してナイは容赦はしない。魔物の場合はナイの事を全力で殺しに来る以上、ナイも身を守るために全力で挑まなければならず、だからこそ魔物を相手にナイは躊躇しなかった。
だが、人間が相手だとしてもナイの精神が追いつめられた場合は別であり、リーナはナイが最も大切にしている反魔の盾を引き剥がした。その事が原因でナイは切れてしまった。怒りで我を忘れたナイは岩砕剣を地面に突き刺し、落ちている反魔の盾を拾い上げる。
「……テンさん!!」
「うおっ!?な、何だい!?」
ナイは観客席に視線を向け、テンの姿を発見すると彼女に向けて反魔の盾を投げ込む。慌ててテンは反魔の盾を受け止めると、戸惑いの表情を浮かべながらナイに視線を向けると、ナイは彼女に頭を下げた。
「それ、預かっててください……試合が終わるまで」
「……たく、仕方ないね」
『な、なんとクロノ選手……盾を観客席に放り込みました。こ、これは……反則にはなりませんね』
闘技場の試合では外部の人間から援護を受けた場合は反則と見做して即刻失格となるが、選手側が武器や防具を手放した場合は反則にはならない。折角の防具をナイは手放した事になり、その行為にリーナは戸惑う。
「……盾を手放すなんて、僕の事を舐めているの?」
「…………」
「だ、黙られると怖いんだけど……」
リーナの言葉を無視してナイは背中にずっと背負っていた旋斧を引き抜き、彼女に構える。その迫力にリーナは気圧され、先ほどのようにナイに近付けない。
明らかに雰囲気が変貌したナイを見て戸惑っているのは彼女だけではなく、観衆も同じだった。まるで大型の魔獣の如き迫力をナイは感じさせ、その様子を見ていた貴賓席の国王たちも各々の反応を示す。
「あの子……本気でリーナさんを殺すつもりかもしれません」
「リーナ……!!」
「むうっ……これは、試合を止めるべきか」
「ナイ……」
ナイの雰囲気が変わった途端にアッシュは娘を心配するように前に乗り出し、国王はこのまま試合を続けるべきか悩む。一方でバッシュの方はナイの様子を観察し、全員試合場から目が離せない。
岩砕剣を地面に突き刺して手放したナイは旋斧を片手で持ち上げた状態でリーナと向き合う。リーナは冷や汗を流しながらも口元に笑みを浮かべ、ナイに告げる。
「凄いね……僕、こんなに男の子にドキドキするのは初めてだよ。これが恋なのかな?」
「……もう喋らなくていい、次で終わらせる」
「へえっ……言ってくれるね、なら終わらせてみなよ!!」
リーナはナイの言葉を挑発と受け取ると、彼女は高速移動を発動させて距離を取る。だいたい20メートルほど離れると彼女はナイに離れると、この時にリーナはナイの様子を見落とさないように注視する。
仮にナイが高速移動を発動したとしてもせいぜい移動距離は10メートル程度であり、リーナと距離を詰める事が出来ない。もしもナイが高速移動を発動した場合、必ず10メートルの地点で足を止める。その時はリーナも高速移動を発動させ、彼が動く前に仕留めるつもりだった。
高速移動は連続で発動する事には不向きな移動術であり、もしも不用意に高速移動を多用すれば体力どころか肉体が限界を迎える。だからこそ、リーナは距離さえ開けばナイが高速移動を使用しても対処できる自信はあった。しかし、彼女の予想を超えた攻撃をナイは次に繰り出す。
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