第360話 神速の槍、剛腕の一撃

(そうだ、この子も体力の限界がある……あんなに激しく動いて平気なはずがない。だったら……根競べだ!!)



ナイはリーナが動く前に駆け出し、壁際に沿う形で走り出す。その姿を見てリーナは驚くが、彼女はナイの後を追おうとした。



「あ、待て!!逃げないでよ!?」

「無茶言わないでよ!!」



壁に沿うように駆け出したナイを慌ててリーナは追いかけ、この時に彼女は高速移動を行わなった。その理由はナイが壁際に存在する事が原因だった。


高速移動の弱点は肉体の負荷を掛ける事だけではなく、直線的にしか移動が出来ない事であった。そのため、進路上に障害物がある場合、高速移動を行えば自ら障害物に突っ込む形となる。


ナイは先ほど高速移動のせいで壁際に激突したように、リーナも不用意に距離を見誤って高速移動を行えば彼女も壁に激突してしまう恐れがある。だからこそ壁際に存在するナイを狙うには彼女も慎重に動かなければならない。



「待て~!!」

「うおおおっ!!」

『ちょ、これはどういう事でしょうか!?試合場で二人は駆け回っています!!こ、これは何が起きてるのでしょうか!?』

「おい、逃げるな!!ちゃんと戦えよ!!」

「そうだそうだ!!この臆病者!!」

「やかましい!!黙って見てな、このぼんくら共がっ!!」

「ひいっ!?すみません!!」



逃げ回るナイを見て野次を飛ばす観客に対してテンが怒鳴りつけると、怒られた観客は慌てて謝罪を行う。一見はナイが逃げ回っているように見えるが、実際の所はこれも立派な作戦である。


高速移動の弱点は体力を大きく消耗する事であり、これまでの戦闘でリーナも相当に体力を使っているはずだった。ならば彼女が高速移動できない程に体力を削ればナイにも勝機はあった。



(体力なら負けないぞ!!)



小さい頃から山を駆け巡り、故郷を離れた後もナイは鍛錬を怠らず、体力だけに関しては人一倍の自信があった。だからこそナイはリーナを疲れさせて優位に立とうとするが、ここで予期せぬ事態が発生した。



「待ぁてぇえええっ!!」

「速っ!?」



ナイは後ろから聞こえてきた声に振り返ると、そこには凄まじい速さで駆け抜けるリーナの姿が存在し、どうやら単純な足の速さは彼女が上回る様子だった。慌ててナイは速度を上げようとするが、リーナはそんな彼に対して後ろから槍を繰り出す。



「このっ、いい加減に止まってよ!!」

「うわっ!?」



遂に追いついたリーナはナイへ向けて槍を振り下ろし、咄嗟にナイは岩砕剣で弾き返す。この際にナイは自分が身に着けている装備を思い出し、リーナの足が速いのではなく、自分の装備が重い事に気付く。



(しまった……岩砕剣と旋斧が重すぎるから追いつかれたのか)



ナイが所有する岩砕剣と旋斧は普通の武器と比べても相当な重量が存在し、そのせいでナイは自分の移動速度が落ちている事に気付かなかった。折角距離を開いたのにリーナに追い詰められてしまい、再び彼女は連続攻撃を繰り出す。



「今度は離れないよ!!」

「くぅっ!?」



彼女の突き出した槍を岩砕剣で防ぎながらもナイは後ろに下がるが、素手に自分が壁に追い込まれている事を思い出す。逃げ場を失ったナイはリーナの攻撃を防ぐ事しか出来ない。


今度は油断せずにリーナは槍を繰り出し、決して逃げられない様にナイを追い込む。どうにか状況を打開したいナイだったが、この状態では考えて動く事も難しい。



(何か手を打たないと……くそっ、防ぐので精いっぱいかっ)



槍の攻撃を岩砕剣で防ぐのが精いっぱいであり、駄目元でナイは左腕に装着した反魔の盾でもう一度槍を防ごうとしたが、それに対してリーナは予想していたように槍を振り払う。



「その盾はもう見たよ!!」

「うわっ!?」



槍の刃先を上手く利用してリーナはナイが左腕に装着していた反魔の盾の正面からではなく、端の方に刃先を差し込み、剥ぎ取る。空中に反魔の盾が浮き上がり、それを見たナイは目を見開く。



「これで終わりだよ!!」

「っ……!!」



反魔の盾を失ったナイに対してリーナは渾身の一撃を叩き込むために槍を構えるが、この際に彼女は異様な威圧感を感じとる。盾を失った瞬間、ナイの表情が変化して彼女は恐怖を抱く。



(何……この威圧感!?)



大切な友人の形見である盾を引き剥がされた事により、ナイはリーナに対して目つきを鋭くさせ、その様子に気付いたリーナは咄嗟に距離を取る。彼女は自分が優位だったにも関わらず身体の方が勝手に反応して逃げてしまった。


距離を取ったリーナに対してナイは岩砕剣を握りしめると、彼は岩砕剣を強く握りしめると試合場の地面に向けて叩き込む。その結果、試合場どころか闘技場全体に振動が伝わる程の衝撃が走り、岩砕剣は地面に深く突き刺さった。

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