第362話 重力加速
「さあ、来なよ!!」
「…………」
リーナの言葉に対してナイは旋斧を構えた状態から動かず、20メートルも離れたリーナに一瞬で近付く術はない。だが、ナイは地面に突き刺した岩砕剣に視線を向け、そして自分の魔法腕輪に視線を向けた。
ナイはリーナが立っている位置を確認し、地面に突き刺さった岩砕剣を見てある方法を思いつく。我ながらとんでもない方法だと思いながらもナイは他に彼女を倒す手はないと思い、岩砕剣に手を伸ばす。
『おおっと、これはどういう事でしょうか!?クロノ選手、まさか二つの剣でリーナ選手に挑むつもりでしょうか!!』
「な、何をする気だ……!?」
「あんな馬鹿でかい剣を二つも持って戦えるのか!?」
「そんな馬鹿な……」
自ら地面に突き刺した岩砕剣に再び手を伸ばしたナイに観衆は緊張した様子で見守る中、ここでナイは目を閉じた。そして意識を集中させるように岩砕剣に魔力を送り込むと、岩砕剣の刃が紅色に変色した。
『こ、これは……クロノ選手の大剣が光っています!?まさか、魔法剣でしょうか!!』
「魔法剣だと!?」
「そういえばあいつ、昨日も魔法剣を使っていたが……」
「嘘だろ、あの大剣も魔法剣なのか!?という事はあいつ、二つも魔剣を持っているのか!?」
岩砕剣が紅色に光り輝くと観客は騒ぎ出し、既にナイの試合を見ている人間は特に驚く。ナイは昨日の試合で旋斧を利用して魔法剣を発動させており、さらに今回の試合で岩砕剣で魔法剣を使用する姿に動揺を隠せない。
普通の場合、魔剣を1本扱うだけでも苦労するのに2つの魔剣を同時に扱える剣士など滅多にいない。この国においても2つの魔剣を同時に扱った人間など、今は亡き王妃である「ジャンヌ」しかいなかった。
ジャンヌは氷と火の魔剣を同時に扱うが、ナイの岩砕剣の場合は地属性の魔力を宿す事しか出来ない。しかも魔力を宿す事に重量が増すため、徐々に刃が地面に沈んでいく。
(これぐらいかな……)
岩砕剣に魔力を注ぎ込んだナイはリーナに振り返り、鋭い視線を向けた。その視線を浴びたリーナは言いようのない感覚に陥り、ナイが攻撃を仕掛けると確信した。
「うおおおおっ!!」
「くっ……負けるもんか、来いっ!!」
気合の雄叫びを上げたナイに対してリーナは怖気づく自分を叱咤するように声を張り上げ、槍を構えた。そんな彼女に対してナイは旋斧を振りかざし、この際に雷属性の魔力を送り込む。
旋斧の刃に電流が迸ると、それを見た民衆はナイが旋斧と岩砕剣に同時に魔法剣を発動したように見えた。だが、ナイの目的はこの二つの魔剣を利用して戦うのではなく、岩砕剣は別の用途に使うつもりだった。
(ここだ!!)
ナイはこの時に強化術を発動させ、全身の筋力を強化させる。ナイの全身から白炎が迸り、肉体を限界以上に強化させた状態でナイは岩砕剣の魔力を解放した。
――岩砕剣の刃に纏った魔力が解放された瞬間、重力が衝撃波の如く放たれ、地面に突き刺さっていた岩砕剣の傍に立っていたナイは衝撃波によって吹き飛ぶ。
事前にナイは強化術で肉体を限界まで強化させたのは岩砕剣が放つ重力に耐えるためであり、衝撃波の如く離れた重力によってナイの身体は高速移動以上の速度で吹っ飛び、リーナの元へ向かう。
高速移動の移動距離は10メートルが限界だが、重力によって加速したナイは一気にリーナの元へ接近し、彼女へ旋斧を振りかざす。
「がぁあああっ!!」
「うわぁっ!?」
まさか重力を利用して加速して突っ込むとは思わなかったリーナは咄嗟に槍を構えるが、加速した状態のナイの旋斧の一撃を受け止め切れるはずがなく、彼女は大型トラックに突っ込まれたように吹っ飛ぶ。
リーナとナイは同時に地面に倒れ込み、この際にナイは勢いあまって反対側の試合場の壁にまで転がり込む。その一方でリーナの方はナイの攻撃を受けた際に旋斧の刃に纏っていた電流も彼女に襲い掛かり、白目を剥いて倒れ込む。
観客席から見ていた者達は一瞬の出来事で何が起きたのか理解が追いつかず、いつの間にかナイとリーナが倒れているようにしか見えなかった。そして実況のアリア倒れた二人を見て、慌てて声を上げる。
『こ、これは……両選手、意識はありますか!?』
「…………」
「ううっ……」
ナイは強化術の反動と重力の衝撃波で吹き飛ばされた時に怪我をして動けず、リーナの方も吹き飛ばされた時に負傷し、更に身体が痺れて動けない。
どちらも明らかに戦える状況ではなく、すぐにアリアは二人とも戦闘不能と判断すると、試合の結果を報告した。
『両選手、戦闘不能と反出しました!!ひ、引き分けです!!まさかの大番狂わせです!!』
「ひ、引き分け……」
「という事は……やった、払い戻しか!!」
「凄い……凄すぎるぞ、この二人!!」
観客席はあまりの試合内容に盛り上がる中、一方で観客席に座っていたアルトは渋い表情を浮かべた。今回の試合はナイが勝利すれば岩砕剣の所有を許可されるはずだった。
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