第356話 対戦相手は……
(全く、あの馬鹿息子め……)
国王は内心で溜息を吐きながらもアルトの事を思い浮かべ、先日にアルトが自分の元へ訪れてナイに岩砕剣を渡す様に告げてきた時はまた自分を困らせるのかと思った。
だが、今までと違ってアルトはこれまでにないほど真剣な態度だった。その事から国王はアルトが本気でナイの力を認め、亡くなった王妃を越える逸材だと思っている事を知る。
(あの少年は確かに只者ではない……しかし、アルトよ。どうしてお前はあの少年にそこまで期待しているのだ?)
アルトがナイと出会ってからそれほど時は経過していない事は調べているが、何故かアルトはナイの事を非常に高く評価していた。そしてアルト以外にもナイの事を評価する人間もいた。
(ここに集まった者は宰相を除けば全員があの少年と接触していると聞いているが……それほどまでに気になるのか)
国王は最初は護衛だけを連れて自分だけがナイの試合を観戦しようと思っていた。しかし、この場に集まったバッシュ、リン、ドリスの3名は自らの意志で国王に同行を願いでた。
それぞれが業務を中断してナイの試合を観戦するためだけにここへ集まり、そのせいで宰相もこんな場所まで足を運ぶ始末になった。つまり、この場に集まった者達もナイの実力を確かめるために赴いた事を意味する。
(ここまで我が臣下たちに興味を抱かれる存在という事か……いったい、あの少年は何者なのだ?)
試合が始まるまでもう少し時間があるが、国王はナイの事が気になって仕方がなかった――
――同時刻、控室ではナイは戦闘準備を行う。今回の試合は全ての装備を装着し、万全の準備を整える。何故か今回に限ってはナイは対戦相手を教えて貰えず、どんな敵と戦うのかも聞いていない。
「おかしな話よね、戦う相手を教えてくれないなんて……」
「ナイ君の相手、どんな人だろう……」
「人とは限らないよ、魔物と戦わされる事が多いんだろう」
「といっても、今更魔物といってもナイ君を苦戦させるほどの相手が闘技場にいるかどうか……」
控室にはアルト達の姿も存在し、彼等は試合が始まるまではナイの傍にいる事にした。試合が始まる前に兵士が迎えに来るため、その時にアルト達も観客席に向かうつもりだった。
ナイは精神を集中させるために座禅を行い、試合が始まるまで魔力を高める。この鍛錬はマホ魔導士から教わり、やがてナイは目を開くと自分の掌を見つめて頷く。
「うん……これなら思う存分に戦えそうだよ」
「そうか……ナイ君、頑張ってくれ。でも、無理をしたら駄目だよ。もしも駄目だと思ったら降参してくれて構わないからね」
アルトはナイの身を案じる様に告げると、そんな彼の態度にナイは不思議に思うが、兵士が遂に迎えに訪れた。
「ナイ様、間もなく試合が始まります」
「おや、今回は事前の連絡アナウンスはないのかい?」
「最初の試合に限っては事前連絡はありませんので……」
「そうなのか……よし、皆は観客席に戻ってて」
「頑張るんだよ、負けるんじゃないよ!!」
「ナイ君、応援するからね!!」
「勝ったらご馳走してあげるわ!!」
皆の声援を受けながらもナイは兵士の後に続き、先に部屋を出た。その様子を他の者達は心配した様子で見守るが、もう後戻りはできない。
「……アルト王子、今回の対戦相手に関して本当に何も知らないのかい?」
「ああ、僕も聞かされていない。だが、きっと父上の事だからとんでもない相手を用意しているだろうね」
「えっ!?そ、そんな……」
「大丈夫よ、モモ……ナイ君に勝てる人間なんてテンさんぐらいだわ。きっと負けないわよ」
「だと、いいんだけどね」
アルトの言葉にモモは不安を覚え、それを励ますヒナも内心ではナイを心配する。テンの方はどんな相手が用意されているのか気になったが、いくら心配しても試合はもうすぐ始まる――
――今日の闘技場はまだ朝早い時間帯にも関わらず、大勢の人間が集まっていた。事前にナイが試合に出場する事は既に闘技場側から告知されており、観客は盛り上がっていた。
「おい、聞いたか?この間、ゴブリンナイトとトロールを倒した剣士が出るそうだぜ」
「知らないわけないだろ、ここに集まっている奴等の殆どはその剣士を見るためにきたんだろ」
「どんな奴かね……おっ、出てきたぞ!!」
試合場の城門が開かれ、先にナイが姿を現すと観客は騒ぎ出す。先日の試合では野次を飛ばす者もいたが、今回はナイの試合を見ていた者達も多く、彼が現れると声援を送る。
「坊主!!頑張れよ!!」
「お前の勝ちに賭けてるんだ!!負けるんじゃないぞ!!」
「ク・ロ・ノ!!ク・ロ・ノ!!」
表向きは「クロノ」という偽名でナイは参加しているため、観客達はクロノの名前を叫ぶ。そんな彼らにナイは軽く腕を上げて声援にこたえると、城門に向き直った。
試合相手はまだ出てくる様子はなく、もう間もなく試合時刻を迎える。だが、どういう事か城門が開く様子はなかった。もしも魔物の類が相手の場合、既に城門が開いてもよいのだが妙に静かであった。
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