閑話 〈運命に抗う〉
――陽光教会にナイを引き連れたアルが訪れる前日、ヨウは彼等が来る事を予知夢で把握していた。彼女は子供を連れた老人が訪れ、自分に話しかける光景を確認する。それが最初に見ていた夢の内容だった。
この時にヨウが見た予知夢はアルとナイが陽光教会に訪れた時だけではなく、場面が切り替わって憔悴した様子のナイが陽光教会に訪れる光景も確認していた。この時のナイの傍にはアルは存在せず、彼も成長した状態で訪れていた。
つまり最初に会う前からヨウはナイの存在を知っており、未来の彼が一人で陽光教会に訪れる事も把握していた。だからこそヨウはナイがアルを連れ戻しても何も行動を起こさず、ナイがここへ戻る日を待ち続けた。
普通であればヨウの立場ならばアルを説得してナイを教会で引き取るのが正しい選択である。しかし、彼女は予知夢でナイが一人で陽光教会に戻ってくる事を知っていたため、敢えて何もしなかった。そして現実にナイは陽光教会へ訪れる。
ナイを隔離せずに自分の教会に置いていたのはここへ来たばかりのナイがあまりにも憔悴しきっており、こんな状態のナイをヨウは放置する事は出来なかった。彼女はナイが教会へ戻ってくる事は知っていたが、まさか養父であるアルどころか彼が暮らしていた村の人間全員が死ぬなど思いもしなかった。
『私があの時に行動していれば……』
ヨウがナイを自分の教会に置いた真の理由はナイが戻ってくると知っていたため、何も行動に移さなかった事だった。こんな事態に陥る前に自分が何か行動を起こしていればナイの家族や親しい人たちを救う事は出来たかもしれない。
しかし、今更そんな事を考えた所でナイの境遇が変わるわけではなく、それにナイ自身にも変化が起きていた。忌み子でありながらナイは普通の子供とは比べ物にならない力を身に着けており、実際に彼はあの凶悪な赤毛熊を倒した。
これまでに陽光教会が保護してきた忌み子の中でナイ程に特別な力を持つ存在はおらず、ヨウはナイの正体を知りたいと思った。そして彼の世話をしているうちに何時の間にか情が移ってしまい、回復魔法までも教えてしまう。
本来ならば回復魔法は教会の関係者か特別な資格を持つ者にしか与えてはならない。しかし、ヨウはナイの才能を見抜き、彼に期待を抱く。
『この子なら、運命に抗えるかもしれない』
一人になったナイが陽光教会に訪れた日、実を言えばヨウは新しい予知夢を見ていた。その内容はナイが魔物に襲われる光景であり、彼は奇妙な剣を手にして戦っている風景だった。
ゴブリンの大群、ガーゴイル、ミノタウロスなどの魔物を相手にナイは一人で戦い抜き、勝利する。そんな予知夢を見たヨウはいずれナイが陽光教会を去る日が訪れると確信した。仮に自分が出て行こうとするナイを止めようとしても予知夢の内容は変わらないと思っていたからだった。
『行ってらっしゃい、ナイ』
街を離れて旅に出る事を告げたナイに対してヨウは水晶板の破片で作り上げたペンダントを送った。その理由は彼のこれからの過酷な運命を知っていたからであり、少しでも力になれるのならばと彼女はペンダントを用意して渡す。
ナイの未来に様々な苦難が待ち構えている事を知りながらもヨウは彼を信じて見送り、彼の無事を祈る。しかし、再びヨウの「予知夢」はナイの身に危険が近付いている事を知らせた。
「ナイ……」
ヨウは窓の外の夜空を見上げながら祈りを捧げ、どうか自分が見た最悪の運命をナイが打ち破る事を祈る。彼女は祈る事以外に何も出来ない自分の無力さを呪う――
※後編です
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます