閑話 〈ヨウの不安〉

――イチノの街に暮らす陽光教会の司教のヨウは夜中に目を覚ます。彼女は頭を抑え、何か嫌な予感がした。幼い頃からヨウは勘が鋭く、このような時の予感は一度も外れた事がない。



「うっ……これはいったい……!?」



言いようのない不安が襲い掛かり、街の中に魔物が攻めて来た時でさえも冷静沈着で対応していたヨウであったが、彼女は先ほどみた夢を思い出す。


夢の内容はヨウがよく知っている少年が強大な魔物に立ち向かう姿であった。だが、圧倒的な魔物の力の前に少年は劣勢に立たされ、最後は血塗れになって倒れる。



、この夢ですか……!!」



実を言えば彼女が今回のような悪夢を見るのは初めての事ではなく、彼女は机の上に置いていた水晶板に手を伸ばすと、自分のステータス画面を開く。そして彼女が覚えている技能の項目には「予知夢」という文字が表示されていた。



『予知夢――自分、あるいは他人の未来に起きる出来事を夢で見る事が出来る』

「……また、私を苦しめるというのですか」



水晶板に表示された文字を見てヨウは歯を食いしばり、この予知夢の能力はヨウが生まれ持っていた技能であった。この技能せいで彼女は幾度も苦しみを味わう。




――予知夢の能力は普通の技能とは異なり、制御できる能力ではなかった。子供の頃からヨウはこの能力によって未来の出来事を先に知り、これまでに何度も彼女の命を救ったが、逆に彼女を苦しめる事もあった。




この予知夢の能力が発動する際、ほぼ確実にヨウ本人か彼女の知っている人物に危険が迫っている時に夢を見る。最初にこの能力を発動したのはヨウがまだ5才の時であり、彼女は隣に家に暮らす住民が強盗に襲われて殺される夢を見た。


あまりにも夢の内容が現実味を帯びていたので怖がった彼女は両親に相談した。しかし、両親は子供であるヨウの言葉をまともに聞き入れてくれず、ただの夢だと言い聞かせた。だが、この翌日に隣の家に強盗が押し入り、一家全員が殺される事件が起きた。


強盗が本当に襲った事で両親はヨウの見た夢が現実となり、二人とも彼女の事を怖がるようになった。ヨウが悪夢を見る度にそれが現実となり、彼女は実の両親から気味悪がられ、他の人間にも彼女の能力が知られてしまう。


結局ヨウは成人年齢を迎えると村から追い出されるように親戚が暮らす家に送り込まれ、彼女は親戚の元で生活を行う。幸いにも親戚は優しい人ばかりで彼女の事を受け入れてくれた。




それからヨウは陽光教会へと入り、人々のために役立つ事を誓う。どうして陽光教会を選んだのかというと、陽光教会に入れば契約の儀式を受けて回復魔法が扱えるようになるため、もしも自分が悪夢を見た時に備えて彼女は人を癒す術を身に着ける。


彼女がこれまで見てきた悪夢は殆どの人間が悲惨な末路を迎えたが、幾度も悪夢に悩まされたヨウは遂に決心して悪夢と立ち向かうために行動した。



『こんな力に……負けたりなんかしない!!』



若かりし頃のヨウは教会で真面目に勉強を行い、薬学や護身術なども身に付けた。子供の頃は悪夢を見る度に彼女は怖くて何も出来なかったが、大人になった彼女はもう悪夢に怯えるだけではなく、人々を救うために努力する。



『貴方の技能は決して貴方を苦しめるための技能ではありません。それは陽光神が与えた試練なのです』

『試練……私の予知夢が、ですか?』

『その通りです。陽光神が貴方にその能力を与えたのにはきっと意味があるのです。だから、貴方もその能力を受け入れて生きなさい』

『司祭様……分かりました、これが陽光神様の与えた試練ならば私は乗り越えてみせます』



陽光教会の司祭と出会った時、彼女は自分の苦しみを告白した。すると司祭はヨウの能力が決して彼女を苦しませるための能力ではないと説いてくれた。


しかし、現実にはヨウがいくら努力しようと悪夢を見る度に犠牲者は生まれてしまう。人が死ぬ未来を見た時はヨウはその未来を何とか覆そうとしたが、結局はいつも邪魔が入ってしまう。


例えば強盗に殺される人間の夢を見た時、彼女は助けに向かおうとしても街道で事故が起きて塞がっていたり、他の人間に助けを求めようとしても全員が別の用事があって力を貸してくれない。結局、ヨウが辿り着いた時にはその人間は既に殺されていた。


ヨウの見る予知夢は決して変える事が出来ず、もしも夢の中で誰かが死ねばその運命は変えられない。そして彼女はナイに関わる悪夢を最近よく見る様になった。




実を言えばヨウはナイと最初に会った時、成長したナイが教会の元で暮らしていた利、彼が強大な魔物に立ち向かう夢を度々見ていた。だからこそアルと出会った時、ヨウは必ずやナイが教会に来ることを知っていた。




※今回の閑話は前後編です。

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