第303話 まだ終わっていない
「な、何!?いったい何を騒いでいるの!?」
「泥棒が現れたのビャク君!?」
「何事ですか!?まさか賊が……!?」
寝間着姿のヒナ、モモ、他に屋敷の使用人たちが裏庭に駆けつけると、ナイに刃を押し込むテンを見て全員が驚愕の表情を浮かべた。見方によっては彼女がナイを襲っている様にしか見えず、モモが焦った声を上げる。
「お、女将さん!?何をしてるの!?」
「あんた等、手を出すんじゃないよ!!こいつは勝負だ、もしも邪魔をすればモモ、ヒナ、あんた達でも許さないからね!!」
「そ、そんな事を言われても……」
「いったい何が……」
テンの言葉を聞いて止めようとしたヒナとモモは足を止め、使用人は何事が起きているのか理解できずに呆然と立ち尽くす。
その一方でナイはテンの注意が他の者に向いた隙にどうにか押し返そうとしたが、やはり力ではテンには敵わない。ナイもこれまでに力を身に付けてきたが、やはり伝説の女騎士団の副団長となると今まで戦った敵とは格が違う。
(この人、強い……バッシュ王子やリンダさんも強かったけど、この人は格が違う……!!)
これまでにナイは人間の中でも優れた武芸者とは何人か戦ってきた。最近だと傭兵のダンやバッシュ、フレア公爵家の親衛隊のリンダとも戦っている。しかし、テンの場合はこの3人と比べても別格だった。
(魔物以外で力で勝てない相手なんて……けど、このまま何も出来ずに負けるなんて嫌だ!!)
正攻法では勝てない相手だとナイも理解しているが、このまま成す術もなく破れる事にナイは我慢できず、意識を集中させて奥の手を使う。
「ぐっ……な、何だ!?」
「うおおおおっ!!」
「「ナイ君!?」」
気合の雄叫びと共にナイは全身から「白炎」を纏うと、倒れ込んだ状態からテンの退魔刀を押し返し、ゆっくりと立ち上がる。テンは剣越しに感じるナイの圧倒的な力に戸惑う。
「まさかあんた……!?」
「はあああっ!!」
「うあっ!?」
ナイの変化を見てテンは何かを察したように声を上げるが、そんな彼女に対してナイは蹴りを繰り出す。先ほどの仕返しとばかりにナイは全力で蹴り込むと、今度はテンの方が吹き飛ばされる。
蹴りつけられたテンは巨人族以上の力を感じ取り、彼女は地面に転がり込む。その様子を見ていた他の者達は呆気に取られ、特にヒナとモモは信じられない表情を浮かべた。
「あ、あの女将さんが……蹴り飛ばされた!?」
「ナ、ナイ君……!?」
「ふうっ、ふうっ……!!」
興奮した様子のナイは旋斧を構えた状態で不用意に動かず、その一方でテンの方は起き上がると、彼女は口元から血を流しながら笑みを浮かべる。
「はっ……久々だね、この感覚。あんたがそう来るのなら、こっちだって全力で行くよ!!」
「女将さん!?」
「まずい、皆は離れて!!」
『えっ!?』
テンの様子を見てヒナとモモは本能的に危険を感じ取り、全員に避難する様に促す。その直後、テンはナイと同様に魔操術を発動させたのか、白炎を身に纏う。
白炎の正体は本物の炎ではなく、ましてや火属性の魔力でもない。白炎は聖属性の魔力が体内から溢れ出ている状態を意味しており、現在のナイとテンは体内の魔力を活性化させて肉体を限界以上に強化していた。
(やっぱりテンさんも全身強化を使えたのか……けど、長続きはしないはず)
いくらテンが強者だと言っても全身強化の負荷に関してはナイもよく知っており、ナイよりも強靭な肉体を持つテンであろうと長時間の維持は出来ない。だが、純粋な戦闘力はテンが上回るのは間違いなく、彼女は退魔刀を振り下ろす。
「がああっ!!」
「くぅっ!?」
テンが退魔刀を振り下ろした瞬間、強烈な衝撃が地面に走り、地割れが発生した。衝撃はナイの元にまで伝わり、彼が体勢を崩すとテンは突っ込む。
「うおらぁっ!?」
「うわっ!?」
「ウォンッ!?」
横向きにテンは退魔刀を振り払うと、咄嗟にナイは体勢を下げて回避する事に成功した。だが、彼女が振り抜いた退魔刀は風圧が発生し、そのままビャクの元にまで届く。
退魔刀の風圧のみでビャクは倒れ込み、その様子を見たナイはもしもまともに受ければ命の危機を迎える。そう判断したナイは必死に避けようとしたが、それに対してテンは蹴りを繰り出す。
「逃がすかぁっ!!」
「っ……!!」
「ナイ君、危ない!?」
迫りくる蹴りに対してナイは動かず、その様子を見ていたモモは声を上げるが、ここでナイは遂に「迎撃」の技能を発動させ、反撃に出た。
「ここだぁああっ!!」
「ぐはぁっ!?」
「嘘っ!?」
迎撃を発動させたナイはテンが繰り出した蹴りを躱すと、身体を回転させながら右手に手にしていた旋斧の柄をテンの脇腹に叩き込む。強烈な一撃を受けたテンは白目を剥き、身体をふらつかせた。
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