第266話 ナイVSリンダ

「あの、すいません。剣と盾を預かって貰えますか?」

「は?」

「……預かる?」



ナイはテンに腕鉄鋼と旋斧を渡し、一方でバッシュの方には反魔の盾を渡す。いきなり武器と盾を預けられた二人は戸惑うが、ナイとしてはこの二人以外に預けられる相手はいない。


旋斧は重量があるのでテンのような怪力の持ち主にしか扱えず、大事な盾はバッシュに預けてもらう。どちらも信頼できる相手なので二人に武器と防具を預けると、ナイは闘技台へ上がろうとした。



「よろしくお願いします」

「……お待ちください、まさか素手で挑むつもりですか?」

「え?リンダさんも素手ですよね……?」



ナイが武具も防具も無しに闘技台に上がってきた事にリンダは戸惑うが、その言葉にナイは不思議そうに言い返す。確かにリンダは素手で武器や防具の類は装備していない。


しかし、先ほどの彼女の実力を見せつけられて尚も武具と防具を預けて挑もうとする人間が現れるなど誰も思わなかった。これはドリスも予想外であり、彼女は闘技台の下から声を掛ける。



「ナイさん、今回の催し物は挑戦者は武具と防具の着用は別に禁止していませんわ。それにリンダは我が親衛隊の中でも隊長を務める猛者……素手で彼女に勝てる人間は滅多にいません。武器と防具を身に付けて挑む事を勧めますわ」

「え、そうなんですか?でも、いいです。爺ちゃんから武器も持っていない奴に武器で殴り掛かる奴は最低だと言われてるんで……」



子供の頃にナイはアルから喧嘩をする時、相手が武器を持っていなければ自分も武器を使うなと教わっていた。魔物などの人外の生物ならばともかく、同じ人間(今回の相手は森人族だが)を相手に武器を使うような卑怯者になるなと言われた。


だからこそナイはリンダの実力を知りながらも武器と防具は扱わず、彼女に合わせて素手で挑む事に決めた。しかし、そんなナイの行動にリンダは眉をしかめる。



「お客様……私は格闘家です。私の場合はこの肉体こそが武器であり、鍛え上げた筋肉こそが防具です。なので無用な遠慮は不要です、万全の状態で掛かってきてください」

「あ、すいません……気分を悪くさせたのなら謝ります。だけど……」



リンダの言葉を聞いてナイは自分も拳を握りしめると、剛力を発動させる。そして掌を掴むだけで音が鳴り響き、その音を聞いたリンダは表情が変わった。




「――こっちもふざけているわけじゃありませんから」



ナイの目つきが代わり、この時にリンダは異様な気迫を感じとる。それは闘技台の下にいたドリスも同様であり、他にも招待客の何人かが反応する。


現在のナイはまるで大型の猛獣のような気迫を放ち、その姿にリンダは冷や汗を流す。彼女は自分がこんな年端も行かない少年に圧倒されているという事実に動揺を隠せない。



(この少年はいったい……!?)



外見を見ただけだと女の子にも見間違えされそうな容姿だが、対峙した途端にリンダは言いようのない気迫を感じ取り、彼女は身構えた。


その様子を見ていたドリスもナイが素手でどのように戦うのか気にかかり、彼女は試合の開始の合図を行おうとした。だが、この時にナイはある事を思い出す。



「あ、そういえば……試合を始める前に聞きたいことがあったんですけど、闘技台から落ちても負けになるんですか?」

「え?あ、はい……親衛隊が闘技台から落ちた場合も戦闘不能と判断しますわ。但し、招待客の皆様の場合は関係ありません。闘技台から落ちたとしても戦えるのであれば試合は続行です」

「なるほど、分かりました」



事前に試合の規則を確認したナイは頷き、その態度にリンダはナイが自分を落とすつもりなのかと考える。彼が自分を傷つけず、闘技台に落とすつもりだとしたらリンダとしては都合がいい。



(どんな手を使うつもりかは分かりませんが……素人に後れを取るわけにはいきません)



ナイの構えを見た限りでは素手に関してはなんらかの武道を嗜んでいる様子はなく、リンダは見ただけでナイが素人だと見抜く。彼女は構えると、ナイの方は何故か距離を測るように地面に視線を向け、試合開始の合図の前に距離を取る。



「ここぐらいかな……よし、何時でもいいですよ」

「……?」



リンダから10メートルほど離れたナイはドリスに試合の準備が出来た事を伝えると、リンダは彼の行動に戸惑うが、すぐに身構える。



(お嬢様の話によると跳躍の技能も扱えるとか……距離を開いて私に最初は様子見すると油断させ、試合開始の直後に一気に近付いて不意打ちを仕掛けるつもりかもしれませんね。しかし、それは悪手ですよ)



ナイの戦闘方法はドリスを通じてリンダも知っており、ドリスはナイがバッシュやガーゴイル亜種と戦う姿を見て彼の扱う戦法は把握していた。

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