第265話 親衛隊の実力
「お嬢様、あの少年は……」
「ええ、前にも話したバッシュ王子を打ち破った少年ですわ。名前はナイ……でも、回復魔法まで扱えるなんて驚きでしたわね」
ナイが回復魔法を扱える事はドリスも初めて知り、しかも見た限りではかなり手慣れており、熟練の治癒魔導士や修道女にも劣らない回復魔法を扱える様子だった。
ボウはナイの回復魔法によって傷は完全に治り、その様子を見たナイは額の汗を拭う。それなりに魔力を消耗したが自分の怪我を治す時よりは大分楽であり、少し休めば問題はない。
「治りました。これで大丈夫だと思います」
「す、すまないな……治療代の方は後でこいつが目を覚ました時に請求してくれ」
「駄々をこねるようなら俺達が説得してやるからな!!」
「いや、別にこれぐらい良いですよ……」
「良かないよ!!こいつのせいで余計な苦労を掛けさせたんだからね、治療代は金貨1枚!びた一文もまけないよ!!」
治療代など遠慮しようとしたナイだったが、すぐにテンが口を挟む。ボウを抑えつけるために彼女もミイナも苦労させられたため、金貨を要求しなければ気が済まない。
尤も怪我の治療の場合、今回の場合だと金貨1枚はむしろ安い方であり、特に傭兵や冒険者の場合は身体に大きな怪我を負って働けなくなると死活問題である。時間をかけて治療すればその分に仕事が出来ず、更に治療を終えてもリハビリなどを考えるともっと長い期間を仕事が出来なくなる。
なので傭兵や冒険者は怪我を負った場合はどうしても早急に治療を施す必要があり、特に巨人族の場合は普通の人間よりも治療費も掛かる。薬や回復魔法で治すにしても普通の人間よりも苦労させられるため、金貨1枚の治療費など安い物である。
「もしも逃げたりしたらあたしがぶっ飛ばす!!こいつにはそう言っておきな!!」
「あ、ああ……でも、こりゃしばらくは起きそうにないな……」
「頭の方もこの際に治療してもらうか?いや、別に馬鹿にしているわけじゃなくて……」
「つんつん……返事がない、ただの死体のようだ」
「いや、死んでないよ」
テンの一撃によってボウは完全に意識を失い、白目を剥いて動かなかった。この様子だとしばらくは目を覚まさず、治療費を請求するのも時間が掛かりそうだった。
その後、気絶したボウは彼の傭兵仲間がどうにか中庭から運び出し、気を取り直して親衛隊との試合の受付が開始される。だが、傭兵の間でも有名なボウが倒された事で他の招待客は怖気づき、次の参加者は中々名乗り上げようとしない。
「さあ、どなたか親衛隊に挑む者はおりませんの?勝てばあそこにある賞品は好きなだけ持って行っても構いませんわよ」
「お、おい……どうする?」
「馬鹿野郎、あんな大男を吹き飛ばしたんだぞ……誰も勝てねえよ」
「そ、そうだな……今回はやめとくか」
ドリスが声を掛けても誰も名乗り上げず、ボウが派手に吹き飛んだ事で他の傭兵や冒険者も怖気づく。だが、闘技台に上がっていたリンダはため息を吐きながらドリスに告げる。
「どうやら私が戦う事に不服を思う方もいるようですね。お嬢様、私はここで下がらせてもらいます」
「あら……分かりましたわ。では皆様、しばらくの間はリンダは試合には出ません。次からの試合は別のメイドに相手をさせましょう」
「そ、そういう事なら……」
「なら俺が行くぞ!!」
「いいえ、私よ!!」
リンダが闘技台から下りた途端に招待客は安堵した表情を浮かべ、次々と試合を申し込む。その様子を見ていたテンは鼻を鳴らし、怖気づいた者達を嘆く。
「たくっ……王都の冒険者も傭兵も質が落ちたもんだね」
「同感だ。いくら相手が強者であろうと、それに挑む気概がない人間など先がたかが知れている」
テンの言葉にバッシュは賛同し、リンダが退場を申し出た途端に名乗り上げる者達に呆れる。二人からすれば強者に恐れるような者が大成を為す事はあり得ず、そんな人間は自分よりも強い存在を目の当たりに擦れば真っ先に逃げ出してしまう。
強い存在に逃げる事自体は決して臆病ではなく、それは自分の生命を守るための闘争本能に従っただけに過ぎない。しかし、時には強者であろうと立ち向かう勇気を持たなければならず、その勇気を最初から放棄した人間こそが臆病者である。二人はそういう風に考えた。
しかし、この中でかつて圧倒的な存在を相手に挑み続け、勝利をもぎ取った少年がいる。その人物はリンダが闘技台に降りようとした時、右手を上げて答えた。
「あの……僕はリンダさんと戦いたいんですけど、いいですか?」
「えっ……」
「ナイ君!?本気で言ってるの!?」
ナイが名乗りを上げると、闘技台から下りようとしていたリンダは驚き、ナイの傍に立っていた者達は驚きの声を上げる。しかし、ナイもこの状況で冗談を言うはずがなく、バッシュとテンに視線を向けた。
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