第183話 ヨク・バーリという男
「さあさあ、遠慮する事はない。中に入れ、ほらそこに座るんだ」
「……は、はい」
「わあ、凄い……お菓子がいっぱいある!!」
「こ、こら……モモ、静かにしなさい」
「はははっ、遠慮するな。好きなだけ食べても良いぞ」
ナイ達はバーリに促されるままにソファに座らされ、机には大量の御茶菓子と紅茶が用意してあった。客用に用意している物ではなく、バーリが自分のために用意した代物のようだが、彼はカップを取り出すとナイにも紅茶を振舞う。
意外にも自分達のために紅茶を注ぐという紳士的な対応にナイ達は驚くが、とりあえずはナイは周囲の様子を伺う。ここはバーリの私室らしいが、何故かここにも石像が置かれていた。
(また、あの石像か……いったい何なんだ?)
自分の部屋にまで石像を置いている事にナイは疑問を抱き、バーリの趣味を疑う。石像の外見は非常に恐ろしく、ナイも見た事がない魔物だった。外見はホブゴブリンと似てなくもないが、ホブゴブリンには存在しない翼と角を生やしている。
部屋の中には見た限りでは兵士の姿は存在せず、バーリ以外の人物はいない。念のためにナイは索敵と気配感知を発動させるが、少なくともこの部屋に人が隠れている様子はない。
「さあ、遠慮せずに食べるがいい。紅茶のおかわりもあるぞ」
「えっ!?食べてもいいの?ならいただき……」
「こらっ!!だから食べちゃだめだといったでしょ!?」
バーリの言葉にモモは疑いもせずにお茶菓子に手を伸ばそうとするが、慌ててヒナがそれを止める。しかし、その態度が逆にバーリを怪しませ、彼は不機嫌そうに腕を組む。
「ん?儂は食べてもいいと言ったのだぞ?どうしてお前は食べようとしない」
「い、いえ……そういうわけでは」
「まあいいだろう……それよりもお前達には色々と話しておくことがある。まず、儂の元へ来た以上は儂のために働いてもらうぞ」
ヒナの態度を怪しみながらもバーリは立ち上がると、窓の方へ近づく。今ならば彼を取り押さえられる好機だと判断し、ナイは動こうとした。だが、この時に隣に座っていたはずのヒナとモモに異変が起きる。
「あ、あれ……何だか、眠く……」
「な、何よ……これ……」
「えっ!?二人とも……!?」
唐突にヒナとモモは頭を抑えると、そのまま彼女達は机に突っ伏す。その様子を見てナイは驚き、何が起きたのかと思ったが、ここでナイは机の上の御茶菓子と紅茶を見た。
(まさか、眠り薬が盛られていた!?でも、二人とも口にはしていないはず……ならどうして!?)
食べ物と飲み物に眠り薬でも仕込まれているのかとナイは思ったが、モモもヒナもまだどちらも口にしていないはずだった。
二人が急に倒れた事にナイが戸惑う中、窓の外に立っていたバーリが振り返り、倒れている二人を見て笑みを浮かべる。だが、ナイだけが意識を保っている事に彼は疑問を抱く。
「ん?お前、眠くないのか?」
「眠く……?」
「馬鹿な……耐性の技能を持っているのか?睡眠華の香りが通じないとは……」
「睡眠華……!?」
一向に眠る様子がないナイを見てバーリは戸惑い、その一方でナイはバーリの鼻に詰まるという言葉を聞いてすぐに臭いを嗅ぐ。すると、いつの間にか部屋の中に妙に甘い臭いが充満している事に気付き、その臭いの原因は御茶菓子でも紅茶でもなく、机の上に置かれた紫色の花から発せられている事に気付く。
(そうか、臭いで二人を眠らさせたのか!!だから二人とも食べてもいないのに眠ったのか!!)
ナイは二人が倒れが原因が机の上に置かれた「睡眠華」なる植物の香りだと気付き、慌てて口元を塞ぐ。だが、ナイは先ほどから香りを嗅いでいるはずだが、眠気に襲われる様子はない。
恐らくはナイの「毒耐性」の技能の効果によって睡眠華の香りも通じなかったらしく、どうやら毒草の一種らしい。ここでナイが気になったはどうしてバーリが平気そうなのかと思ったが、彼が窓に近付いたのは外の空気を吸うためであり、花から距離を取るためだと知る。
ナイは知らないが睡眠華は強力な睡眠作用を引き起こすが、花の傍でよほど香りを吸い込まない限りは意識を失う事はない。それを知っているバーリは自然に窓に移動して花から距離を取り、自分だけ避難して3人が気絶するのを待ち構えていたのだ。
(くそ、この男……何て卑劣な真似を)
口元を抑えながらもナイはバーリに視線を向け、このまま捕まえるべきかと思ったが、運が悪い事にバーリは窓を開いている。ここからバーリに何かあれば外に待機している兵士にも気づかれる恐れがある。
「ふん、まあいい……眠らないというのであれば力ずくで連れて行くまでだ」
「くっ……」
「おお、中々にそそる顔をするではないか、これは後が楽しみだな……おい、誰かいるか!!」
バーリはベルを取り出すと、それを鳴らす。どうやら外から人を呼び集めようとしており、ナイは止める暇がなかった。やがて扉の方から足音が響き、扉が開かれた。
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